ブラック・ジャックは誰より優しく、悩んでいる医者だ。患者に向き合う真摯な、しかし哀し気なまなざしが全てを物語っている。

 肩書きとは「あいにく私は 賞とか肩書きとかが 大っきらいでねえ」

 ブラック・ジャックは名医として通っていながら、有名な大学病院の外科部長や教授ではない。むしろ、無免許の彼に肩書きはない。医者かと尋ねられるといつも、「まあそんなようなものだ」と曖昧に答えるばかりだった。

 医師免許をもらう機会に何度か巡り合うものの、自らそれを放棄し、あえて無免許医として生きている。それには二つの理由があると思われる。

 一つは権威への反発だ。賞も肩書きも、いわば権威の象徴だ。手術痕でつぎはぎだらけの外見で、不遇の人生を送ってきた彼は、見せかけの権威主義的なものを嘲笑的に見ている。

 医師は人を救う博愛精神の実践者であり、その技術が求められる。しかし、医者の肩書きを持つ人はしばしばそれに欠ける。

 肩書きは自信のなさの裏返しと言える。ブラック・ジャックが無免許を貫くのは自信の表れでもあり、彼の肩書きは「この私」なのだ。

 肩書きを放棄するもう一つの理由は、弱き者を救うためだ。社会から排除され、まともに病院に行けないような人でさえ、傷ついていれば治療対象だ。彼らを救うため、無免許医として社会の外で仕事をする汚れ役を買っている。

 この世は肩書きが邪魔になることもある一方、「この私」であることは常に求められる。世界の闇を一身に引き受けるブラック・ジャックは、そのことを教えてくれる。

◆『アドルフに告ぐ』の名言から
◇戦争とは「何百といういのちが一瞬に消えていく光景は 『世界の終末』がふさわしい

『アドルフに告ぐ』は、第二次世界大戦へと突き進むドイツと日本、そして世界を描くとともに、最後にはイスラエルとパレスチナの泥沼の戦争を扱っている。戦争が絶えない史実とその悲惨さを訴えている。

 戦争は家族の関係や、愛、友情を引き裂く。もたらす害悪は数えきれない。ドイツ人のアドルフ・カウフマンとユダヤ人のアドルフ・カミルとの友情も戦争によって引き裂かれ、互いを憎しみ合う関係へと堕ちた。