というアリのコメント。アリ流のホラとしても、それを聞いたときのショックといったらなかった。共同記者会見を含め、アリが言うひと言は即座に世界に打電され、新聞で大きく報道される。

 話したとおりのことが細大洩らさず載っている。アリをとりまく記者連中も世界中からたくさん集まってくる。ところが俺の言うことは、ホンの一部しか取り上げられない。

 アリ陣営は当然のように「勝った、勝った」の大合唱。それだけならいいけど、「猪木、あのペリカン野郎はひきょうだ。芸者のように(リングに)寝てばかりいた」なんて吹きまくる。悔しかった。

 悔しさと怒りで、いつまでもアリに憎しみを抱いていたら、その後の俺はなかったと思う。とうにリングから消えていたかもしれない。

 そこにいつまでもこだわっていたら自分がみじめだから、逆に俺はアリの強さを認めることにした。もちろん、そう思うまでには長い時間が必要だったが。

「すごいやつだ。やっぱり世界一だけのことはある。俺も日本一だと思っているけど、世界一にはかなわん」――素直に脱帽した。

 すると、その瞬間、俺のハートの中から冷たいしこりがスッと消えて逆にあったかいものがジワーッと湧いてきた。心のしこりがあっという間に消えてしまったんだ。

 熱せられたフライパンの上に乗せたバターがとけ出すでしょう?あんな感じとでもいおうか。自分が相手を認めた時にそうなった。自分でも信じられないぐらいの体験だった。

 相手の欠点ばかりあげつらって、「何言ってやがる。あんなルールで戦ったからああいう結果になったんだ」とかなんとか思っている限りはダメだった。