デザインが関わるビジネス領域の拡大

――顧客体験(CX)のデザインも重要なキーワードですね。

小宮 そうですね。製品やサービスを通じてより価値の高い体験をつくるためには、経営からブランド、インターフェース、カスタマーサポートまで、一気通貫したデザインマネジメントが必要になります。CXを高めることに意欲的な企業は、UI、UX、グラフィック、コミュニケーションなど、専門ごとにさまざまなデザイナーを社内にそろえようとする動きが見られます。

――「デザイン思考」「デザイン経営」といった言葉がバズワード化したことで、企業の採用活動に変化はありましたか。

小宮 直接的に影響しているかはわかりませんが、デザインの需要が高まる中で、さまざまな企業がデザイナー採用に力を入れています。大手コンサルティングファームがデザイン会社やデジタルマーケティング会社を買収したことが話題になりましたが、DXなどのデジタル案件に対応するため社内にデザイナーを抱えるようになっています。また、波としてはまだ大きくないですが、一部の医療法人や学校法人、行政機関などでもデザイナーを採用しデザインに投資をする動きが見え、デザインを通じて提供価値を高めていこうとする企業や団体は確実に増えていることを感じます。

デザイナーの意欲次第で、新領域へのチャンスが拡大

――メタバースやVRなど新たなデジタル領域での採用の動きはいかがですか。

小宮 この1年はWeb3の盛り上がりで、Web3関連のビジネスに乗り出す人が一気に増えていますよね。メタバースやNFT(Non-Fungible Token=偽造不可能なデジタルデータ)といった領域を事業として行う企業も増加していて、関連スキルを持つデザイナーへのオファーは増えています。

 ただし、デザイナー自身が積極的にそこを狙って求職活動や、スキル拡張を進めているかというとそうでもありません。ゲーム領域にいたデザイナーが一気にキャリアをメタバースに振っていく、みたいな動きはまだ鈍い。今動いている方はかなり感度が高いです。担い手の少なさから、将来的に関連スキルを持つデザイナーの市場価値は高くなるのではないでしょうか。

――学生は就職先を選ぶときに何を重視していますか。

小宮 「デザイン」という言葉から即座にイメージされる広告代理店や制作会社、大手メーカーの人気はまだまだ根強いです。加えて、最近ではメガベンチャーやIT系スタートアップがデザイナー向けの広報活動に力を入れており、学生の人気が高まっています。こうした企業は、多様なプロフェッショナルが集うデザイン組織を構築しており、デザイナーに特化した評価制度やキャリアパスが整備されていることも大きな魅力になっていると思います。

――デザイナー育成を担う大学や専門学校は、こうした社会のニーズの変化に対応しているのでしょうか。

小宮 「高度デザイン人材」を社会全体で育てていこう、という大きな流れに対応した変化は確実に起きていて、美大・芸大において社会的イノベーションの創出を目的とした教育を行う学部・学科が新設されたり、美大・芸大以外にもデザイン関連の学部・学科が増えました。より個別具体的な実務のニーズにマッチしたプログラムを提供している学校もあります。特に専門学校は最新のデジタルツールの使い方などを学ぶ実務的なプログラムを積極的に提供しています。

 ただ、誤解のないように付け加えると、デザイン教育は個別のニーズに柔軟に対応できる普遍的な能力開発を目指している側面があります。ですから、今起きているニーズの変化や拡大にも、大学や専門学校のプログラムは当初から対応していたともいえると思います。

 こうした中で、企業の採用要件の細かい変化を学生に伝えるのは、当社のような存在が担うべきだと考えています。実際に教育機関から依頼されて「ポートフォリオの作り方講座」を開くなど、デザイナー志望の学生の就活支援に力を入れています。