“残念な辞め方”をしてしまう人が多くいる理由

 会社大好き人間だったA氏がその会社のファンではなくなってしまったことは明らかでした。会社の悪口を言って回ることはしませんでしたが、一連の経緯を知っている家族や友人はその会社のサービスを利用しなくなりました。また、A氏の退社前の数カ月を近くで見ていた後輩数名は上司や会社に対する不信感が高まり、A氏の後を追って退職しました。その際、退職までの数カ月をA氏と同じような状況下で仕事をしたくないと考えた後輩達は、転職先への入社日を決めたうえで、就業規則で定められているギリギリのタイミングまで待ってから退職届を出したそうです。

 A氏にとっては最悪の経験となった「辞め方」の結果、辞められた側の会社は、お客さんを失い、もともと辞めるつもりのなかった社員を数名失い、そして、会社が大好きだったファンを失いました。一つの残念な「辞められ方」が、次の残念な「辞め方」を生み、悪循環となってしまう典型的な例と言えるでしょう。もちろん、人がぶつかり合う時はお互いの言い分があるものですが、A氏や周囲の人の会社に対する印象が大きく変わってしまったことは事実です。

 少しの時間を経て、A氏は元上司と再会することになりました。幸いにも元上司はその時の自身の対応が適切でなかったと謝罪し、今ではA氏の仕事を応援してくれているので、将来的にはA氏がもともと考えていたとおり、新しい会社のお客さんを前職に紹介する日が来るかもしれません。

 一般的に、退職者との関係が悪いことによって発生する事態といえば、「機密情報の持ち出し」や「顧客の引き抜き」などが想像されるかもしれません。もちろん、そのような事態が発生しているのも事実ですし、退職後の関係が悪いほどそうした「悪意を持った攻撃」が起こるリスクが高まるので、良好な関係を築くことはとても重要です。

 一方で、A氏のケースのように、もともとは会社を大好きだった社員や退職者の会社に対する想いが下がってしまうことで、会社のファンが減ってしまうことは大きな損失です。全ての社員が会社のファンなわけではありませんし、会社のファンでせっかくいてくれる社員に辞められたくないという会社の気持ちもよくわかります。しかし、個人のキャリアが多様化して雇用の流動性が高まるこの時代において、いくら会社のファンであっても別の環境を選ぶ人は多くいます。辞められる側の会社の上司などの「残念」という気持ちが感情的になってしまうと、ファンのまま送り出して会社の資産にすることができるはずだった退職者がそうではなくなってしまうからです。

 それにもかかわらず、なぜこのような残念な「辞められ方」をしてしまう人が絶えないのでしょうか? たとえば、終身雇用の考えがあるために「退職するなんて裏切り行為だ」と捉えてしまうのかもしれません。もしくは、退職してしまう人のことをとても信頼しているが故に、取り残されてしまうような寂しい気持ちを誤ったかたちで表現してしまうのかもしれません。それとも、部下の退職が自分の評価に与える影響から、キツく当たってしまうのかもしれません。