人的資本経営のカギとなる “アルムナイ”の可能性と“辞め方改革”

近年、企業経営において急速に注目されているキーワードが「人的資本」だ。人材を「資本」としてとらえ、その価値を最大限に引き出すことで、中・長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方は「人的資本経営」と呼ばれる。この「人的資本経営」にはさまざまなアプローチがあるが、なかでもカギを握るのが「アルムナイ」との関係である。「アルムナイ」は、退職者の再入社・再雇用との関係で考えられがちだが、その効果は人事戦略全体に及ぶ。2017年からアルムナイ専用のクラウドシステムを提供している株式会社ハッカズーク代表取締役CEO兼アルムナイ研究所研究員の鈴木仁志さんに、「アルムナイ」の本質と可能性について話を聞いた。(ダイヤモンド社 人材開発編集部、撮影/菅沢健治)

“退職者は裏切り者”という、日本の企業の悪しき傾向

 日本では、バブル崩壊以降、終身雇用・年功序列といった伝統的な雇用形態が次第に崩れ、人材の流動性が高まっている。転職者が増加し、就業者が一生同じ企業や組織に属するケースはむしろ珍しくなってきた。労働力人口が減少すれば、企業側も、その規模を問わず、人材確保に苦戦することになるだろう。そこで、昨今、注目されているのが「アルムナイ」だ。2017年に日本初のアルムナイ専用のクラウドシステム*1 を開発した鈴木さん(株式会社ハッカズーク代表取締役CEO)は、その経緯を次のように語る。

*1  企業とアルムナイとの関係を築くプラットフォーム『Official-Alumni.com

鈴木 欧米では、昔から大学の卒業生を「アルムナイ」といい、企業でも退職者を「コーポレートアルムナイ」と呼んでいます。「コーポレートアルムナイ」との関係構築を早くから実践していたのはコンサルティング業界です。マッキンゼーでは、以前、ホームページに「退職するのは問題ではない。むしろ、彼ら彼女らがグローバルリーダーとして成し遂げていることを誇りに思う」という趣旨のコメントを載せていました。世界中に“マッキンゼーアルムナイ”が増えて、その価値が高まれば、それが自社のプレゼンスを高め、新たなビジネスチャンスにもブランディングにもつながるからです。そして、1980年代から、ITなどの他業種にも「コーポレートアルムナイ」との関係構築が広がっていきました。背景にあったのは、産業構造が大きく変わり始めたことです。たとえば、かつて大型コンピューター時代に業界を支配したIBMのような大企業は、終身雇用の考えに基づく人事制度がありました。しかし、1970年中頃から1980年代前半にかけて新興勢力が台頭した際に、多くの若くて優秀な人材が流出しました。同じようなことが多くの企業で発生し、人材の流動性が高くなったITなどの業種では、アルムナイとのつながりを大切にする企業が多くなりました。そうすることが、企業力を強化するために当たり前だったからです。

 産業構造の変化と人材の流動化が日本において顕著になってきたのは、リーマンショック後の2010年頃からではないでしょうか。私は、前職で2011年からシンガポールに駐在し、東南アジア諸国の日系企業へ人事サービスを提供していました。クライアントは大手日系グローバル企業が多かったのですが、「東南アジアでは人が辞めすぎる」「退職が多いので人に投資するのがもったいない」という声が多く、そう言いながらも、退職者のフォローはほとんど行っていませんでした。クライアント企業の日本本社の人事担当者と話をしても、退職者のフォローをほとんど行っていない状況は同じでした。一方で、シンガポールの外資系企業を見ると、アルムナイとの関係を構築している企業がたくさんありました。日本企業には退職者を裏切り者扱いする慣習が色濃く残っていると感じました。クライアント企業の事例ではないですが、辞めるとなった途端に、上司が感情に任せてパワハラまがいの言動をとったり、辞める人も会社にネガティブな感情を抱いたまま去っていったり、という話も多く耳にしました。日本企業のこうした悪しき慣習を何とか変えられないかと考え、2017年にハッカズークを立ち上げ、アルムナイ専用のクラウドシステムを開発し、企業への提供を始めたのです。

人的資本経営のカギとなる “アルムナイ”の可能性と“辞め方改革”写真提供:株式会社ハッカズーク

鈴木仁志 (Hitoshi SUZUKI)

株式会社ハッカズーク 代表取締役CEO/アルムナイ研究所研究員

カナダのマニトバ州立大学経営学部を卒業後、アルパイン株式会社を経て、T&Gグループで法人向け営業部長・グアム現地法人のゼネラルマネージャーを歴任。帰国後は人事・採用コンサルティング・アウトソーシング大手のレジェンダに入社。採用プロジェクト責任者を歴任した後、海外事業立ち上げ責任者としてシンガポール法人設立、中国オフショア拠点設立、フィリピン開発拠点開拓等に従事。2017年、ハッカズークを設立、アルムナイとの関係を築くプラットフォーム『Official-Alumni.com』(HR Tech GP2018 グランプリ獲得、2020年「第5回HRテクノロジー大賞」奨励賞受賞)や退職で終わらない“企業と個人の新しい関係”を考えるメディア『アルムナビ』を運営。アルムナイ事例について研究する『アルムナイ研究所』研究員も兼任。自身がアルムナイとなったレジェンダにおいてもフェローとなる。

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