なぜ、いま「アルムナイ」が注目されているのか

 辞められる側が感情に流されて、残念な「辞められ方」をしてしまった事例を多く耳にします。たとえば、退職者が過去に受けた研修の費用などを見せて「あなたは教育などの投資を受けた分、会社にしっかり貢献し、それを全て返したと自信を持って言えるのか?」と聞いてみたり、A氏の上司のように、退職者の評価を不当に低くしたり、転職企業や独立する事業内容をボロクソに言ったりと、例を挙げればキリがありません。

 インターネット上でさまざまな情報がオープンになっている今の時代において、このような行為自体はもちろん、こうした行為の背景にある企業の文化や思想は、社内にいる社員だけでなく、社員となる候補者や取引先、さらには消費者や投資家などからの信頼を失うことさえあります。企業はこのような状態を「退職者はもう関係ないのだからしょうがない」と言っていてよいのでしょうか?

 ここ数年で注目されている人的資本経営の視点から見ても、この考え方は適切ではなく、企業は退職や退職者に対する考え自体を変革する必要があります。企業が人材の持つ可能性を最大限に引き出して、成果を最大化し、企業競争力を高めるためには、社員に対しての教育や研修機会の提供といった投資を継続的に実施して、その結果として身につく経験や能力を生かして会社に貢献し続けてもらえることが重要です。以前は、人材への投資が会社にとっての資本であり続けるためには、社員が退職せずに在籍し続けてもらうことが唯一の方法と考えられていました。しかし、雇用の流動化が高まる昨今では、その方法が多様化しています。わかりやすいものとして、一度退職した社員の再入社もあるでしょう。退職後も業務委託で自社の仕事をしてもらうことも増えてきています。また、このような「契約関係」がない場合でも、退職しても良好な関係を継続することで、会社のファンで居続けてくれることで、退職後も退職者との関係が会社にとっての資産となり、退職者にとっても会社との継続的な関係が資産となる可能性が高くなるのです。

 最近は、「アルムナイ」という言葉を耳にする人も増えたのではないでしょうか? 「アルムナイ」とは、学校の卒業生や出身者を意味する言葉ですが、欧米では企業の退職者に対しても使われるようになっていました。日本と比べると終身雇用などの文化が弱く、雇用の流動性が高い欧米においては、「退職したら終わり」ではなく、退職者を企業の資産と捉えて「アルムナイ」と呼び、学校と同じように“卒業後”も繋がりを継続するという文化が広がりました。

 筆者の会社は、企業とアルムナイの関係構築を支援する「Official-Alumni.com(オフィシャル・アルムナイ・ドットコム)*2 」というサービスを提供しています。このサービスの提供を始めた2017年時点では、大学の同窓会などではアルムナイと繋がるという考えは一般的でしたが、アルムナイと公式な繋がりを構築している企業はほとんどありませんでした。この5年でその考えは大きく変化し、いまでは日本を代表する数十社の大企業がアルムナイとの関係構築と強化に取り組んでいます。退職や退職者に対する考えは、「退職したら縁が切れる」から「退職しても繋がり続ける」へと変化し、そのために「辞め方」「辞められ方」を重要視する企業が増えているのです。

*2 Official-Alumni.comは、ハッカズークが提供するアルムナイ専用クラウドシステム。企業が効率よく運用できる管理機能に加えて、登録するアルムナイのメリットとなるアルムナイ同士のチャットや名簿検索、さまざまな募集ができる機能などが簡単に利用できるツールになっている。

 今年2022年5月、「DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー」に「会社にも離職者にも長期的価値をもたらす、アルムナイを味方に変える退職マネジメント」という論文が掲載されました。みなさんの会社では、退職者であるアルムナイが味方になってくれる「辞められ方」ができているでしょうか? 「退職者はもう関係ない」と言わずに見直してみてはいかがでしょうか? 人的資本経営を行ううえで、人に対して多くの投資をする企業にとって、アルムナイの存在は欠かせないものになるでしょう。