Netflix、Spotify、Adobe……数々の企業を成功に導いた凄腕コンサルタント、ハミルトン・ヘルマー。彼がその豊富な経験に基づいて、成功するビジネスに必須の7ツのパワーを解き明かした著作が『7 POWERS』だ。アメリカで私家版的に刊行され、シリコンバレーの起業家たちの間で経営のバイブルとして密かに読み継がれてきた同書が、ついに邦訳刊行される。本連載では、その『7 POWERS』の一部を特別に公開する。
今回は前回に続き、『7 POWERS』のなかの第1のパワー「規模の経済」について解説する。事業規模の拡大により競合企業の追随を許さず、一時的な優位性ではなく持続的に収益をあげ続ける源泉、それこそが規模の経済の「パワー」である。「規模の経済」のパワーを獲得したNetflixは、どのように有利にビジネスを展開できるようになったのだろうか。
パワーを実現するための
二つの要素
事業規模の拡大とともに単価が低下する現象を「規模の経済」という。7パワーズのなかで私が最初に検証するものだ。その概念的系譜をたどるとアダム・スミスの『国富論』、まさに経済学そのものの起源にまで遡ることになる。
「規模の経済」がパワーをもたらすのはなぜだろうか。競合相手に直面しても、持続的で大幅な差分リターンが得られる潜在能力を生み出す構造、それがパワーだ。これを実現するには、次のような二つの要素が両立する必要がある。
【ベネフィット】コスト削減、価格設定の改善、および、または投資要件の低減を通じて、パワーを行使する側にもたらされるキャッシュフローの改善。
【バリア】競合相手が長期的に上記のベネフィットをアービトラージ(裁定取引)により奪いかねない行動に出られないようにする、および、またはその意欲を失わせるような障害。
「規模の経済」の
ベネフィットとバリア
「規模の経済」に関して、ベネフィットは簡単明瞭なもので、コストの引き下げを指す。Netflixの例では、契約者数がトップだったことが、オリジナル作品の独占配信にかかる「契約者一人当たり」のコンテンツ関連コストを引き下げている。
それに比べるとバリアはちょっとわかりにくい。競合他社を妨げるものは何なのか。その答えは経営のしっかりした競合同士の間でよく起こる相互作用のなかにある。ある会社が「規模の経済」が関連する事業において規模の優位性を大きく握っていると仮定しよう。それより小さな会社がそうした優位性を奪うためには市場占有率を拡大する必要がある。けれども、そのためには顧客に対して、たとえば値下げといったより魅力的な条件を提供しなければならない。
だが、この手の戦術を使えば業界のリーダー企業にもすぐに伝わってしまうので、彼らは自社の優位性を脅かすものとして警戒するはずだ。そこでリーダー企業はコスト面で有利である立場を利用して、防御のための対策を講ずる(たとえば、対抗して同様に値下げする)。こうした争いを繰り返すうちに、追う側はそうした対抗策を予想するようになり、市場占有率の獲得行動に対する影響を考慮した財務モデルを前提とするようになる。双方にとって、一連の行動は価値を創出するのではなく、価値を破壊する方向に向かってしまうのだ。
この費用対効果が割に合わないという状態こそが、「規模の経済」のバリアである。もちろん、既存のリーダー企業にとって、バリアとは慎重に維持すべきものであり、「規模の経済」はパワーの十分かつ必要な条件を満たすものと考える。
[規模の経済]
ベネフィット――コストの削減
バリア――市場占有率の拡大を阻むコスト
「規模の経済」というパワーを持ったNetflixに対し、競合するストリーミングの小規模事業者は極めて不利な立場となる。Netflixと同じ商品、すなわち同じだけの量のコンテンツを同じ価格で配信しようとすれば、その損益は惨憺たるものになるだろう。提供するコンテンツの量を減らすか、価格を引き上げることで損益を是正しようとすれば、顧客離れを引き起こし、市場占有率の低下を招いてしまう。この袋小路のような競争状態こそが「規模の経済」というパワーの何よりの特徴だと言える。
(本原稿は『7 POWERS』からの抜粋です)