Netflix、Spotify、Adobe……数々の企業を成功に導いた凄腕コンサルタント、ハミルトン・ヘルマー。彼が著した経営戦略の指南書『7 POWERS』シリコンバレーの起業家たちの間で経営の教科書として密かに読み継がれてきた。アメリカで私家版的に刊行されたため、日本ではごく一部のトップビジネスマンにしか知られていなかった同書が、ついに邦訳刊行される。本連載では、その『7 POWERS』の一部を特別に公開していきたい。
今回は、本書の制作に全面協力したNetflixの創業者・現CEOリード・へイスティングスが同書に寄せた「序文」を紹介する連載の第2回目。2009年、Netflixは大きな転機を迎えていた。大成功を収めたDVD宅配事業の次なる戦略として、動画配信事業に踏み出したのである。それを成功させるには、社員個々が戦略の意義を明確に理解する必要があった。この教育プログラムを一から構築した人物こそ、『7 POWERS』の著者ハミルトン・ヘルマーである。上司の指示を待つのではなく社員自らが判断する、Netflixに現在も息づく文化は、ヘルマーによってもたらされたのだ。

『7 POWERS』の著者ハミルトン・ヘルマーが生み出したNetflixの企業文化Photo: Adobe Stock

社員自らが判断する

 さて、ここで私(リード・へイスティングス)自身の2009年の問題に話を戻そう。私はこんな疑問に直面していた。Netflixは今後どのような戦略を推し進めればいいのだろうか? この頃までに独自の企業文化を創り上げることに尽力してきたことが、幸運にもこの局面を打開する手掛かりにつながった。それを活用することで、戦略上の課題に対処することができたのだ。

 2009年8月、Netflixは会社の企業文化や企業哲学をまとめた初の対外向けの「カルチャー・デッキ」を公開した。そこには特に価値を置く9つの行動規範を定めている。最初の項目は「決断」であり、皆で苦心しながら精巧に組み立てたものだ。

・賢明な決断を下す。たとえ曖昧な状況にあっても。
・根本的な原因を見つけ出す。そして、表層的な対応ではなく根本的な対策を取る。
・戦略的に考えること。そして、自分がしようとしていること、しようと「していない」ことを明確に説明する。
・今すぐに適切に実行すべきこと、後からでも改善できること、この二つをしっかりと見極める。

 賢明な決断、根本的な原因の解明、戦略的な思考、優先順位の明確化、これらすべてが戦略への道筋を示していることは、私にとって合理的なものだった。しかし、企業文化を維持し続けるためには、経営陣が自分たちの戦略的視点を従業員に押しつけるだけではだめなのだ。そのため我々は、社員に戦略への理解を深めてもらうことにした。社員がそれを理解することで、自分たちの仕事に自主的かつ柔軟に活かせるようになるからだ。このやり方によって、誰もが「上司の指示ではなく、自分自身で状況を判断する」という企業文化のもう一つの柱を確立することができた。

ヘルマーが開発した教育プログラム

 しかし、ここで私は新たな難問に突き当たった。戦略とは実に厄介な課題だ。どうすれば社員にこの「状況」を手っ取り早く学ばせることができるのか。長年教育への関心を抱いてきた私は、ジェームズ・グリックの著書『ファインマンさんの愉快な人生』(邦訳:岩波書店)に出てくる、ノーベル物理学賞を受賞した物理学者リチャード・ファインマンの逸話にそのヒントを得たのだ。

 当時最高の物理学者でありながら、わかりやすい授業をすることでも有名だったファインマンは、量子力学のある難解な分野について講義して欲しいと依頼された。彼はいったん引き受けたが、数日後にこう言って辞退する。「私には無理です……つまり、我々は実のところそれを理解していないのです」。

 まったく同じように、戦略にまつわる我々の課題も明らかだった。他人に教えることができるほど「真にそれを理解している」人が、はたしているのだろうか。幸いなことに、私は2004年のプレゼンテーションでハミルトンが述べた、戦略についての簡潔な説明を覚えていた。さらに、その後のハミルトンとの意見交換で、彼には戦略に関してほかに類を見ない能力があることをますます確信するに至った。

 結局、ハミルトンは、Netflixのキーパーソンとなる社員たちが戦略について正確に理解できるように、プログラムを開発してくれたのだ。この取り組みは大きな成果をもたらした。当時を振り返って、Netflixの社員の多くが、最も優れた教育機会を与えてくれたのがあのプログラムだったと語っている。

(次回に続く)
(本原稿は『7 POWERS』の序文からの抜粋です)