テクノロジーを均質化に使うのではなく
多様化・差別化に活用する

 そして、もうひとつ。構造的に、テクノロジーは「均質化」する傾向にあります。

 これに対して、生命は「分化」します。進化し、多様性を生みます。もちろんその過程には、種が分化する波があります。多くの種類が生まれると増えすぎるため、過去2億〜3億年の間は定期的に種が大量に失われていますが、長期的な傾向としては、進化は多様性を増幅させ、他の種と「差別化」します。

 しかしテクノロジーはその逆を行います。あなたのスマートフォンと私のスマートフォンはほぼ同じ仕様ですよね。テクノロジーは事実上、多様性を破壊する傾向があります。

 これは根深い構造的な問題ですが、テクノロジーに任せてすべてを均質化しなければならない理由はありません。多様性を破壊する必要はなく、使い方次第なのです。

 私がテクノロジーを考えるときの指針は、「何を可能にし、何を制約するか」ということです。日本が特化すべきテクノロジーは、多様性を保ちつつ、差別化を可能とし、より文脈を重視した意識を持てるようにする、そのようなテクノロジーではないでしょうか。

 具体的な例を挙げると、ある食品がどこで生産されたものか、ということを知ることは技術的には可能です。すると消費者は「これは熱帯雨林を破壊している食品だから買わない」といった選択ができます。あるいは「生物学的、生態学的に多くの害を及ぼしているのは知っている。でもこちらの方がましだからこちらにしよう」ということもあるでしょう。そうすれば、生産方法に基づいて、商品を差別化できるようになります。

 また、こうしたこともあります。たとえば、あるレストラン経営者は、自分の店が唯一無二のものに見えるようなWebサイトをつくりたがるでしょう。これは上手なテクノロジーの使い方です。ビジネスでは、差別化することで、マージンや利益のカギになるからです。個性的でありたいし、そう見られたいのです。ありきたりなもの、差別化できていない商品というのは、ビジネスパフォーマンスを下げることになりますからね。

 こうした例のように、テクノロジーは、技術的にはさまざま方法で、差別化や多様性を維持する、あるいは深めるための力になり得るはずです。しかし私たちはスピードを優先してきたため、多様性よりも均質化を選んできました。

 テクノロジーが持つ、その多様性や差別化のポテンシャルを活かすには、ビジョンが必要です。繰り返しますが、テクノロジーによって進むべき道は、テクノロジーによって決まるのではありません。「その技術を使って何をしたいか」という「ビジョン」によって決まるのです。ですから、「自分たちが大切にしている文化を守るために、どのようにテクノロジーを使いこなすべきか?」が問われるべき問いなのです。

 中国にしても少し文脈が違うだけで、ほとんど同じことが言えます。日本と中国との最大の違いは、中国ではこうした問題がすべて、最近起こったということです。

「私たちは何者なのか」「どうすれば『魂』を保てるのか(中国人はこういう言い方をするでしょう)」「急速に発展する中、中国人は、中国らしさを失ってしまうのか」「それを回避するため、いかに差別化するか」――。

 急成長するテクノロジー業界を牽引(けんいん)する、とても影響力のあるポジションにいる中国の若い人たち(20年後、30年後には、若者たちは50代半ば〜60代になり、より保守的な志向が強まるため、状況は変わっているかもしれません)のこうした問いは、西洋より文脈を重視するアジア社会全般に通じる、普遍的で非常に有意義な問いだと思います。

 日本人らしさ、中国人らしさ、という言い方は、ともすれば古いと感じられるかもしれませんが、何千年もかけて進化してきたものです。一方、アメリカは非常に若い国ですから、アメリカ人らしさというイメージは、いろいろな意味でもっと浅いのです。