まずチームから始める
大切なのはアイデンティティー

――文化的、生態学的、そして世界的・社会的背景を理解し、日本らしさやアジアらしさといったアイデンティティについて考えることは、ビジネスにおいても本当に重要なことだと思います。一方で、組織内においては1人でだけはできないことでもあります。私たちはまず何から始めるのがよいでしょうか?

 そうですね。あなたが今おっしゃったことが、最初の原則になると思います。つまり、アイデンティティを考えることです。アイデンティティほど個人的なものはないのに、「学習する組織」のためにアイデンティティが第一歩というと、奇異に聞こえるかもしれません。

 しかし、アイデンティティ、「私が誰であるか」という感覚は、時がたつにつれて成長し、進化し、社会的、文化的なものともなります。とても複雑な概念で、個人的な面と集団的な面があり、その両方が織り成すものです。

 そして、実際のビジネスでは、「学習する組織」をつくる取り組みは、まず自分が属するチームから始まるのです。その意味で、アイデンティティが第一原則と申し上げたのです。

 チームとは、「何かを成し遂げるためにお互いを必要とする人々」です。個人個人がお互いを必要とするという意味ではとても個人的ですが、もちろん対人関係という側面が強いのです。何かを成し遂げるのは決して個人ではなく、常にチーム、もしくは複数のチームとのネットワークです。

 私がいつも「チームから始まる」と言うのは、実際に物事がどのように行われ、何を達成するかを考えるためでもあるからです。ですから、まずは自分のチーム、いわば「ホーム」から始めるといいでしょう。

――「学習する組織」をつくるに、まずチームで取り組むということは、最近の教育現場でも重要視されてきていますね。「チェックイン」のようなプラクティスを組み込みところも増えています。

 そうでしょう。最近の手法はより進化して、教育者たちは、「グラウンディング」を行う手助けをしています。「グラウンディング」は、2〜3分の沈黙、静寂の時間を取ることから始まります。今の自身に起きていることを振り返って書き出します。なんということのない作業ですが、方法論としては大きな進歩だと思います。

「チェックイン」を真剣に行う組織の多くは、まずグラウンディングの練習をします。何らかの方法で「根を張る」のです。「私の体はここにある」「このシステムでは何が動いているだろうか」と考え、そして、お互いの話に耳を傾ける。チェックインは、お互いの話を聞くことが主なので、チームが成長するための非常に基本的な練習方法です。これは今も昔も変わりません。私たちが常に強調してきたことでもあります。

「学習する組織」の5つのディシプリン(システム思考、自己実現、メンタルモデル、共有ビジョン、チーム学習の5つの領域)も、基本的なツールの多くが、チーム内での個人の成長や、個人がチームを機能させる方法など、チームに関わるものです。ツール自体はあまり変わっていませんが、それを取り巻く環境は進化し続けています。

センゲ氏

 もうひとつ、企業にとって本当に重要なことは、組織の中だけでなく、組織の外の重要なチームにも目を向けることです。

 この「チーム」という語は、日本語ではどれだけ注意深く使用すべきかはわかりませんが、英語では「同じ組織で働く人たちの集まり」を意味します。しかし、今日もっとも重要なチームの多くは、複数の組織から成り立っており、また最近では、多くの人が職場をよく替え、職場が替わっても別の会社の同じ分野で働くため、結果的に同じタイプの人と働くことになります。

 だとすれば、チームは組織内に限定する必要はなく、組織を超えたチームもある。それはコラボレーションネットワークにもなります。

「主要な顧客は誰なのか」「主要なサプライヤーは誰なのか」――。顧客やサプライヤーもチームと考えてみてください。「ソーシャル・フィールド」の重要性は、ひとつの組織の枠内に収まるものではありません。こうした、とても、とても、とても、実際的なことが、すべてのカギになると思います。

 この実際的な働きかけが、「組織で達成しようとしている重要なことは何か?」「ビジネス上の重要な課題は何か?」という深い問いとセットになったとき、あるいは、先ほど話題になった「テクノロジーの遅れ」が、初めて非常に深刻な問題であると捉えられるかもしれません。どのようにそれを行うか、どうすれば行きたい方向へ持っていけるのか、と。

 そしてその実現のためには、「組織間または組織を超えたチームで、どのような関係を築くべきか?」について考えることになるのです。