ほとんどの香港人はジャンボに行ったことがなかった

 とはいえ、それはほとんどの香港人の生活とは何の関わりもなかった。ジャンボに行ったことがある市民は、もともと観光業界に従事していた人か、あるいは外国の訪問客を案内するような立場にあった人くらいだった。正直お味という意味では、街なかのいまいちな見栄えの海鮮料理店と比べて、ジャンボが特においしいわけでは決してなかった。

 そのジャンボの収支が2013年頃から赤字に転落し、2020年には営業をやめていたと知った時、さもありなん、と思った。脳裏には10年ほど前に所用でアバディーンに行った時に眺めたジャンボの姿が浮かんだ。

 アバディーンの内湾はかなり埋め立てが進み、そこには新しい高層マンションが海景にせり出すように立っていた。おかげでジャンボの威圧感はすっかりなくなり、迫力よりもハリボテっぽいショボさがにじむジャンボに、わざわざ繁華街から半時間もかけて香港島の裏側まで観光客がやって来るとは思えなかった。また、当時の香港観光ツアーは食事にはお金をかけない中国人客が主流になっていた。内陸出身の中国人は魚料理が習慣的にダメな人も多く、ジャンボが次第に敬遠されたことは容易に想像できた(余談だが、ジャンボが営業停止した2020年の5月、スタンレー・ホーも亡くなっている)。

 だから、今年5月中旬に「ジャンボが身売り先を探している」と報道された時、香港市民の間の反応は鈍かった。というのも、これまでの香港人にとってジャンボは、「家族そろってお食事に行くようなところ」ではなかったからだ。中には、「香港にこんなところがあるんだ」という反応もちらほらあった。