その事業のベストオーナーは
誰かを問う

長山:先ほど「XX」を目的としたM&Aの難しさを申し上げましたが、自社の強みを突き詰めて考え、立ち位置を再定義したことで大きな変革を遂げた例もあります。自動車部品大手のデルファイからスピンアウトして、自動運転のリーダー的存在となったアプティブはその代表例でしょう。

 ティア1(1次下請け)サプライヤーであるデルファイからパワートレイン部門をスピンオフする形で誕生したアプティブは、CASE移行注)を見込み、どうすれば自分たちが生き残れるのかを考えた末に、自動運転システムのサプライヤーになるという明確な方向性を示し、その達成に不可欠な技術を持つ企業を相次いで買収しました。顧客に近い位置でソフトウェアやサービスを提供し、顧客課題を解決するビジネスモデルを追求したことにより、彼らは「ティア0」(0次下請け)としての立ち位置を確立しました。自動車のことを熟知し、自社の強みが活きるネットワークを持ち、逆に限界も知るアプティブだからこそ、現在の独自ポジションを築けたといえます。アプティブの経営陣は、デルファイからスピンアウトする前からこうした未来(ありたい姿)を描けていたから、その後のM&Aでも成功を収めたのではないか。まさに、パーパスドリブンM&Aの好例だといえるでしょう。
注)Connected, Autonomous, Shared & Services, Electricの略。

名和:一方で、このケースをデルファイの側から見ると、何を内に残して、何を外に出すかという論点になります。

 日本でも日立製作所が、子会社だった日立物流の親離れを促し、日立グループ以外からの業務受注を拡大させました。かつての垂直統合型から水平ネットワーク型への転換です。製造業からインフラおよびデジタル企業への転身を図る日立製作所にとって、もはや物流の株を持つ必然性はありません。資本で囲い込まなくても、よい関係を継続するのは可能なのです。

長山:やはり重要なのは、「ベストオーナー」の視点だと思います。買収においても、ベストオーナーであればどこよりも高い買収額を提示でき、有利に交渉することができます。自分たちがその事業が持つ潜在的価値を最大限に引き出せているのであれば、内部化は有効です。逆に、既存事業であっても自社がベストオーナーでないとすれば、スピンオフも含めた事業再編が企業価値向上につながります。

名和:その際に着目すべきは、やはり長期的な価値創出の源泉となる無形資産です。買収先を探すにしても、売り先を検討するにしても、その事業の価値を最大化する無形資産を持っているかどうかがカギとなります。

 従来のM&Aは規模を得ることが主な目的でしたが、いまは他社の知恵をレバレッジすることに焦点が移りつつあります。ただし、それを実現するには他社との共創が欠かせず、共創力を築くための投資を行える者こそが真のベストオーナーであり、自前主義に比べて圧倒的な進化のスピードを獲得することができる。もちろんこの源泉となるのが、無形資産です。

長山:これからのM&Aは、無形資産の掛け合わせにふさわしいベストパートナー探しであるともいえますね。そして、それを強力に後押ししてくれるのが「本物のパーパス」なのだと。この時代に求められるアドバイザリーとはいったいどういうものか、我々自身もパーパスを追求し、クライアントの期待に応えていく。この対談で、その重要性を確信しました。

企画・制作|ダイヤモンドクォータリー編集部