そこで、まずスイス国民銀行は2011年8月に大規模な量的緩和を試みた。月初に当座預金残高目標を300億フランに設定、その後、同月中に数次にわたって目標を引き上げ、2000億フランとしたのである。この額はスイスの名目GDPの実に40%弱にあたる。しかし、スイスフラン高に歯止めはかからなかった。

 次に、スイスは、2011年9月6日、筆者の第一の提言である「無制限介入」に踏み切る。スイスフランについて、1ユーロ=1.2スイスフランという上限を設け、これを維持するためにフラン売り・ユーロ買いの無制限で介入を行う、と宣言したのである。この政策は劇的な効果を上げ、スイスフランは1年以上経った現在まで、1ユーロ=1.2スイスフラン以下の水準をほぼ維持している。

 スイスの教訓は以下のことを意味している。為替レートの変動が市場の強いセンチメントに突き動かされているときには、金融政策による量的緩和といった間接的な手段では止められない。本気で止めるには政府と中央銀行の協調による無制限介入宣言にまで踏み込む覚悟が必要になる。自国通貨は無制限に売れるから、自国通貨高を防ぐ無制限介入は原理的に可能であり、市場がその覚悟を信じれば、自国通貨高は実際にはほとんど介入しなくとも止まる(ただし、自国通貨安を防ぐ外貨売り介入は外貨準備に制約されるので、無制限介入は不可能であり投機筋に負ける可能性が高い)。

円安誘導と国際的な摩擦リスク

 では、政府・日銀が協調して望ましいと考える円安レートでの無制限介入を宣言し、それによる景気刺激に動くべきではないのか。筆者がそうした政策が現時点では危険と考える最大の理由は、10年前との国際的な経済環境の劇的な違いによる。

 2001年時点では、日本が「一人負け」状態で危機的な状況にあり、海外の同情的な対応が期待できた。だが、現在は、日本に限らず、多くの欧米先進国が景気刺激のため輸出を増やしたいと考えている。そして日本は貿易収支が急速に悪化しているとはいえ、対外投資収益などを反映して経常収支でみると黒字を維持している。そういう状況下で外債購入や政府の無制限介入で人為的な円安誘導を目指すことは、国際的に大きな摩擦を引き起こし得る。

 ちなみに、スイスに対する批判は、欧州ではそれほど高まっていないようにみえる。これは、スイスは小国であることに加え、その介入が対ユーロであり、取得したユーロでユーロ圏の国債を買っていることによるだろう。欧州債務危機に苦しむ国々は、国債を買ってくれる国には強く出にくいはずだ。