スタンフォード大学・オンラインハイスクールはオンラインにもかかわらず、全米トップ10の常連で、2020年は全米の大学進学校1位となった。
世界最高峰の中1から高3の天才児、計900人(30ヵ国)がリアルタイムのオンラインセミナーで学んでいる。そのトップがオンライン教育の世界的リーダーでもある星友啓校長だ。全米トップ校の白熱授業を再現。予測不可能な時代に、シリコンバレーの中心でエリートたちが密かに学ぶ最高の生存戦略を初公開した、星校長の処女作『スタンフォード式生き抜く力』が話題となっている。
ベストセラー作家で“日本一のマーケッター(マーケティングの世界的権威・ECHO賞国際審査員)”と評された神田昌典氏も、
「現代版『武士道』というべき本。新しい時代に必要な教育が日本人によって示されたと記憶される本になる」
と語った本書の要点と本に掲載できなかった最新情報をコンパクトに解説する本連載。
6/18に「情報7daysニュースキャスター」、7/2に「朝日新聞be on Saturdayフロントランナー」出演で話題の著者が、「最新脳科学に基づく生き抜く力」を紹介する本連載。今回は東大医学博士のスーパー女医と星校長との対談後編をお届けする。
医師・医学博士
東京大学大学院医学研究科社会医学専攻公衆衛生学分野特任研究員
集中治療・麻酔科医として目の前に流れてくるたくさんの命を救う日々に疑問を抱き始めた頃、『命の格差は止められるか』(ハーバード大学公衆衛生大学院社会行動科学学部教授・イチローカワチ著)に出会う。私の疑問の答えがここにあるのではないかと考えた末、東京大学大学大学院医学研究科公衆衛生学の博士課程に進学。
社会疫学、医療経済学およびデータサイエンスを学ぶ中で、『病気になったから会いに行くドクター』ではなくもっと上流にアプローチする医師が必要だという考えに至り、博士課程修了後自ら『Medical Health Coaching Lab』を立ち上げる。
現在、臨床現場では麻酔科指導医として手術業務に従事、研究分野では客員研究員として研究を行いつつ、ママ女医の立場から健康格差解消のための啓蒙活動に尽力。講演、記事監修や執筆等を行っている。
星友啓(以下、星):前回お話ししたおかげで、「教育」が重要な要素になるという理解が深まってきました!
今回(後半)では、教育と健康というテーマに関連して、学校教育で誰もが学ぶヘルス教育(保健)についてお伺いしたいと思います。
たとえば、私が受けてきた日本の教育を思い返してみると、保健体育の授業では、性教育や健康について学ぶ時間は設けられてはいるものの、授業を受ける場所を、男女で別々にされて講義を受けるという少し違和感を覚える形式であったり、どちらかといえば体育がメインで、保健の授業はおまけのような感覚がありました。
そんなヘルス教育について、今の日本はどんな現状にあると見ていますか?
柳澤綾子(以下、柳澤):おそらく、星先生や私が受けた保健体育の授業は、今もそれほど大きくは変わってないと思います。
ただ、今は第2次成長期が早くなっていて、小学2、3年で初潮を迎える子もいるくらいなので、保健教育のスタートも低年齢化はしてきています。
それでも日本は海外に比べるとまだまだ遅れていて、義務教育の枠にとらわれずに、とにかく言葉がわかるなら3歳からでも4歳からでもいいので、性教育をキッチリ行っていこう。そんな世論の声にも押され、教育現場でも保健教育の必要性についていわれ始めています。
でも実はここ大事なのですが、今回お伝えしたいのは、健康や保健の授業そのものを増やすことで“教育格差が埋まる=健康格差も埋まる!”というわけではないんです。
前回、お話しした、「小中高の12年の教育をすべて受けていない人は12年すべてうけた人に比べて死亡率が2倍高い」という結果[1]についても、「それなら教育歴12年以上というカテゴリーにみんな入ったら死亡率が半分になるんでしょ? じゃあ、全員義務教育で小中高校と、12年やったら長生きするじゃない? その中でさらに保健の授業を増やしたらみんな健康になるでしょう?」ということではない、というのが今回のメインテーマです。
ズバリ重要なのは、星先生もよく取り上げられている「非認知能力」を高め、最終的には「自分の未来を予測する力」を身につけることを求めているんです。
星:非認知能力というのは、意欲とか忍耐力とか、自己管理能力とか、いわゆる学力テストなどで数値化しにくい能力のことですね。
柳澤:はい。非認知能力を高め、自分の未来を予測する力をつける。その教育が今、圧倒的に足りていないんです。
たとえば、健康の授業や講義なら、病気に関する知識をただダイレクトに教え込もうとします。星先生の『スタンフォード式生き抜く力』にもあったように先生(医師)が生徒(患者)に授ける一方向の授業です。
糖尿病であれば、どのような合併症があって、自分の血糖値がどのくらい高い場合は、何年後に合併症がどのくらいの確率で発症するのか、最終的にはどんな状態になるのか、といった知識です。
でも、このような知識を一方的に詰め込むことで患者の病状は全く改善しません。
この知識を得ること自体より、その知識を得たうえで実際に自分の未来に起こるリスクをリアルに自分に当てはめ想像し、事前に自分をコントロールする力が必要なんですよね。
たとえば糖尿病を例にとってみて考えた場合にも、もし今この瞬間に痛いとか辛いという自覚症状があれば、みんなその症状を改善するための努力をすると思うんです。
ただ糖尿病に限らず、多くの病は自覚症状が今すぐ起きていないケースがほとんどないので、未来をイメージする力が欠如したままだと、病がどんどん進行してしまうというわけです 。
スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長
経営者、教育者、論理学者
1977年生まれ。スタンフォード大学哲学博士。東京大学文学部思想文化学科哲学専修課程卒業。教育テクノロジーとオンライン教育の世界的リーダーとして活躍。コロナ禍でリモート化が急務の世界の教育界で、のべ50ヵ国・2万人以上の教育者を支援。スタンフォード大学のリーダーの一員として、同大学のオンライン化も牽引した。スタンフォード大学哲学部で博士号取得後、講師を経て同大学内にオンラインハイスクールを立ち上げるプロジェクトに参加。オンラインにもかかわらず、同校を近年全米トップ10の常連に、2020年には全米の大学進学校1位にまで押し上げる。世界30ヵ国、全米48州から900人の天才児たちを集め、世界屈指の大学から選りすぐりの学術・教育のエキスパートが100人体制でサポート。設立15年目。反転授業を取り入れ、世界トップのクオリティ教育を実現させたことで、アメリカのみならず世界の教育界で大きな注目を集める。本書が初の著書。
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星:なるほど。単なる知識不足だけの問題ではない、ということですね。
得た知識を活かし、いかに自分の行動に変え、自分の良い状態を保っていく、といった非認知能力が培われているかどうかが、真の教育格差ということでしょうか。
柳澤:そうなんです。たとえ病気の知識をしっかり勉強していても、その力が足りないと教育格差となって、健康格差につながる根本原因になります。
これは、目先の欲求を克服し、先の利益を取れるかということに対しても、「非認知能力」がいかに育まれているかが、強く影響してきます。
たとえば、結果の解釈や因果関係に賛否両論ありなかなか難しいですが、わかりやすい例で見れば、「マシュマロの実験」などもいい例だと思います。
星:マシュマロの実験とは、子どもに対して、今すぐ食べてしまうならマシュマロを2個だけ、もう少し待てるなら3個あげるという条件を提示する実験ですね。
柳澤:はい、すこしでも待てばたくさんもらえるのに、今ある目先の快楽に負け、多くの子どもはマシュマロを2個食べることを選択してしまうのです。
この実験でもわかるように、未来により大きな利益があると頭では理解していても、思わず目先の欲求に負けてしまう人が多いのです。
身体に悪いとわかっていてもタバコを吸ってしまう。お腹が空いていると目の前の食べ物やアルコールを暴飲暴食してしまう。
「非認知能力」という言葉は日本でも流行り出しているので、聞いたことがある人は増えてきているとは思いますが、実際に日常生活に落とし込む機会は少ないかもしれません。
でも、その能力が最終的に、何十年後の未来での健康アウトカムに大きな差が生まれるという視点をもっていただくことが第一歩かと思います。
星:知識ベースだけではなく、知ったことをどのように自分の行動原理につなげていくかという「非認知能力」や「自分の未来を予測する力」を培っていく教育が、子どものみならず大人にとっても、健康に大きな影響を及ぼすということですね。
今回は対談いただきありがとうございました!
【参考先】
*1 National center for health statistics(1998), health, United States, 1998 with socioeconomic states and health chart book.