スケジュール調整アプリは、早い人から順に予定を書き入れていき、続く人たちは自分より前の人たちの記入事項をもとに書いていく。あまり参加したくない会合なら、最終的に残っている候補日をすべて都合悪いとして「残念、欠席です。」なんて言っている人もいるだろうか。
そもそも投票には、たくさんの方法がある。多数決一つとっても、順番に意思表明をしていく方法もあれば、「いっせーのーせ」で投票する方法などもあるし、それ以外にも、6割以上、3分の2以上などの制約を満たした時に決まるもの、全会一致のみで決まるものなど様々ある。ゲーム理論の専門家であり、カリフォルニア大学バークレー校および東京大学で教鞭をとる鎌田雄一郎氏に、投票・選挙における人間行動について、ゲーム理論の観点から語っていただいた。

【東大グローバルフェローが教える】“全会一致”は意外と良くない…「みんなの意見」を反映させるために重要なことPhoto: Adobe Stock

投票ルールと投票行動

――投票ルールに様々な方法があるのはわかりますが、それが実際にどのように人々の投票行動や投票結果に影響を与えるのでしょうか?

鎌田雄一郎(以下、鎌田):スケジュール調整アプリのように、順番に意見を聞くか、そうではなく対面で挙手にて一斉に意見を表明させるかなど、方法によって投票結果はけっこう違います。

 なぜかと言うと、順番にやると他人の意見に依存しながら自分の意見を変えることができるからです。

 それだけでなく、最初のほうに投票する人は、自分の1票があとの人の行動を変えるかもしれないということも考えなくてはいけません。

【東大グローバルフェローが教える】“全会一致”は意外と良くない…「みんなの意見」を反映させるために重要なこと
鎌田雄一郎(かまだ・ゆういちろう)
1985年神奈川県生まれ。2007年東京大学農学部卒業、2012年ハーバード大学経済学博士課程修了(Ph.D.)。イェール大学ポスドク研究員、カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院助教授を経て、テニュア(終身在職権)取得、現在同校准教授。2021年1月より東京大学経済学研究科Global Fellow。専門は、ゲーム理論、政治経済学、マーケットデザイン、マーケティング。著書に『ゲーム理論入門の入門』(岩波新書)、『16歳からのはじめてのゲーム理論』(ダイヤモンド社)。新刊に『雷神と心が読めるヘンなタネ こどものためのゲーム理論』(河出書房新社)がある。

 対して挙手の場合は一発勝負なので、自分の意見と他人の意見の擦り合わせはできないでしょう。

 このように違いがあるので、どちらが良いかは、投票で何を達成したいかにもよってくるんですね。

 でも、「何を達成したいか」と「最適な投票ルール」の関係はそこまで単純ではない、というのが、ゲーム理論が明らかにしたことです。

「全会一致」の落とし穴

 たとえば、目的が「みんなの意見をなるべく反映させたい」である場合は、全会一致にするまで話し合う、というのは良さそうに見えても、実は良くないかもしれないんですよね。

 有名な論文で『無実の罪:戦略的投票下での全会一致制の劣位性』(フェダーソン&ピーセンドルファー著、American Economic Review)があります。

 アメリカの裁判の陪審員制では、「全員一致で有罪に票が入らないと有罪に決定できない」というルールがあります。すると自分が「無罪」と言ってしまうとその自分が言った時点で無罪が決まってしまうんですね。

 そうなると自分の意見の力が強すぎることにひけ目を感じる人が他の人に結論を託そうと思ったら、とりあえず有罪に入れようという気持ちになりやすく、その結果みんなが他人に託してしまって有罪に決まりやすい。

自分の意見を言いにくい

――話を伺って驚きました。全会一致というのは実は投票者個々人の素直な意見が反映されにくいルールなのですね。

鎌田:これがざっくりとした直観的な理解なのですが、実際には数式を駆使して、全会一致制が良くないという定理を証明できます。

 まあ、数式は置いておくとしても、「慎重」「丁寧」という行為は、一番いい方法のように見えるかもしれないけれど論理的に考えるとそうではないかもしれない、ということまでは、全会一致で投票する個人の気持ちを想像すると、気づけるはずです。

 順番に意見を言っていく場合も、記名投票か無記名投票かと同じで、自分が言っていることが他の人に伝わってしまうと思える方法では、自分の意見を言いにくい。

 AとBがあって、ちょっとだけAの方が良さそうと思っているだけの人が、順番に投票するときにAと投票した結果、その後の人に「お、Aって良いんだなあ」と思われて順々にAに投票されてしまうと困ってしまう。

 だから、本当はAのほうがいいとは思っているけれども棄権しようかな、と思うかもしれません。

 こうやって「みんなの意見をなるべく反映させたい」という一つの観点をとるとしても、順番にするか一斉にやるか、多数決にするか全会一致にするか、記名にするか無記名にするかで、結果に違いがもたらされる可能性があることが見えてきます。

選挙のマニフェストとゲーム理論

――選挙では、投票者の行動だけでなく、候補者の行動もゲーム理論で分析できると聞きました。これについて教えていただけますか?

鎌田:先日、参議院選挙が終わったところです。

 また、毎週のようにどこかの自治体で選挙が行われています。

 こういった選挙の候補者がどういうマニフェストを発表すべきかについては、かねてからゲーム理論を使った分析がされてきています。

 候補者は、自分のやりたい政策を発表したいのだけれども、それだけでは当選しないので、有権者に受けることも言いたくなるでしょう。

 もし2人の候補者がお互いにそのように考えていたら、それぞれ、どのような行動をとるでしょうか。

【東大グローバルフェローが教える】“全会一致”は意外と良くない…「みんなの意見」を反映させるために重要なこと鎌田氏の新刊『雷神と心が読めるヘンなタネ』も好評発売中。

 実は、ゲーム理論の一番簡単なモデルで予測をすると、「2人の候補者は、同じ政策を発表する」と予測されるんです。

 でも現実の選挙では、候補者ごとに違うことを言っているケースもあります。

 そうすると、「では、なぜ違うことを言っているのか、簡単なモデルに置かれた仮定のどれが、現実の選挙では満たされていないのか」と考え、自分が現在観察している選挙の特性を捉える一つの視点を得ることができます。

ゲーム理論的な考え方を身につけるコツ

 これが、ゲーム理論を知ることのご利益です。

 このように、ゲーム理論で行動の背景にある仕組みをモデル化して整理し、一つの視点を持つことで、有権者として選挙に参加する側となったとき、単に「この候補者の考え方に共感する」と思うレベルから一歩進んだ判断もできるのではないでしょうか。

 ゲーム理論的な考え方を養いたい方は、小学生からでも十分エッセンスは学べる『雷神と心が読めるヘンなタネ』や高校生からビジネスパーソン向けの『16歳からのはじめてのゲーム理論』という本をぜひ読んでみてください。どちらの本にも、今回お話ししたような投票の話が、出てきますよ。