北朝鮮のミサイル問題に対し
脆弱な日韓の防衛協力体制

 尹錫悦政権は、北朝鮮の核ミサイルについて韓国型3軸体制で対応するとしている。

 具体的には(1)北朝鮮の核ミサイル攻撃を探知した場合、先制攻撃で無力化する「キルチェーン」、(2)ミサイルが発射された場合迎撃する「韓国型ミサイル防衛体制」、(3)核ミサイル攻撃が行われた場合、指導部を無効化する大量反撃報復、からなっている。

 このため、ミサイルを探知し迎撃する訓練、地対地ミサイルの発射、THAAD配備態勢の強化、米韓合同軍事演習の再開などを行っている。

 さらに米国の軍事力で北朝鮮の核使用を抑止する「拡大抑止力」で対応するとしており、原子力空母「ロナルドレーガン」との合同演習、戦略爆撃機B52の韓国飛来など戦略兵器の投入に向けた準備を行っている。

 日本も地政学上ならびに米国との関係で、朝鮮半島の戦争にもろに影響を受ける立場である。

 日本の在日米軍基地は、韓国が北朝鮮の攻撃を受けた場合の反撃を行う後方支援基地となっている。このため、政府・与党は昨年、相手国のミサイル発射拠点などを自衛のために先制攻撃する「敵基地攻撃能力」の保有に向けた本格論議に入った。

 しかし、北朝鮮の核ミサイル問題は、日本、韓国が単独で対処するにはあまりにも大きな安保危機である。日韓関係で首脳会談が行われず、協力体制に齟齬(そご)がある状況を放置することはできない。

 韓国の文在寅政権は、日本が韓国に対する戦略物資の輸出を包括許可から個別許可に切り替え規制を強化したのに対抗し、日韓のGSOMIA(軍事情報包括保護協定)の終了を通告してきた。これを米国が制止したため、通告の効果は停止した状況にあるが、日韓の情報共有にとって障害となっていることは否定できない。

 日韓のGSOMIAが締結されていないと、日米・米韓での軍事行動の際に参加していない国の機密情報を使うことができず、米国の極東戦略に大きな問題を生じさせる。米国が終了通告を制止したのはそのためである。また、日韓の情報共有の最大のものは北朝鮮の核・ミサイルに関するものである。こうした情報共有が行われない場合には、安保面での抜け穴となる可能性がある。

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 また、日本の海上自衛隊機に対する韓国海軍の駆逐艦からのレーダー照射問題を文在寅政権のトップが容認していた問題によって、日韓の防衛当局の信頼関係が揺らいでいる。こうした問題を早急に解決することが北朝鮮への対処では不可欠である。

 岸田首相が今回、首脳懇談を行うに至った背景には、徴用工問題での韓国側の対応が不十分であることを踏まえつつも、日韓関係の改善が徴用工問題の解決に向けた韓国国内の雰囲気情勢に寄与するとの期待、そして現在の日韓関係で最大の国益となっている北朝鮮への対処のための協力という大局的な見地での判断があったとものと考えられる。

(元駐韓国特命全権大使 武藤正敏)