「使えないやつだな!」社会学者が考えるパワハラ上司への上手い“言い返し方”写真はイメージです Photo:PIXTA

当たり前に使われている言葉の1つに「使えない」というものがある。実はこれは、言われた相手の人格を攻撃する非常に危険な言葉だ。そもそも、人を「仕事ができる」「仕事ができない」で判断する考えは妥当なのか?気鋭の社会学者がこの問題を考察する。本稿は、貴戸理恵『10代から知っておきたい あなたを丸めこむ「ずるい言葉」』(WAVE出版)の一部を抜粋・編集したものです。

「使えない」は
自尊心をむしばむ言葉

貴戸理恵『10代から知っておきたい あなたを丸めこむ「ずるい言葉」』(WAVE出版)より貴戸理恵『10代から知っておきたい あなたを丸めこむ「ずるい言葉」』(WAVE出版)より

 仕事で失敗することは、だれにでもあります。迷惑をかけた上司や顧客に怒られ、「あーあ、どうして自分はこんなにもダメなんだろう」と落ちこむこともあるでしょう。けれども、最初から仕事のできる人なんていませんし、取り返しのつかない失敗は、それほど多くはありません。ミスをしてしまったら謝って、周りの人にカバーしてもらい、何が原因かを考え、改善していけばOK。それが仕事というものです。

 でも、シーン(20)では、「仕事のミス」という出来事が、「使えないやつ」という人格の問題に結びつけられています。その結果、上司は部下の失敗を叱っているのではなく、部下の人格を攻撃することになっています。人格は「改善」できるものではありませんから、部下にしてみたらこれは存在を否定されたのも同然です。

「使えない」という言葉は、働く人にとってたいへん致命的です。仕事は働く人が日常の多くの時間を費やすものであり、生活のことを考えると簡単に辞められません。そのため、職場で低い評価を突きつけられる事態が続くと、世界のすべてから自分という人間に「価値がない」といわれたように感じられ、自尊心がむしばまれていくことがあります。

 仕事の世界は厳しい能力主義なのだから、仕事のできる人とできない人であつかいがちがうのは当然だ、できる人間になれるようだれしも努力すべきだ、と考える人もいるかもしれません。けれども、このような考え方が常に妥当とは限りません。なぜか?理由を考えてみましょう。

「仕事ができる人」は
「仕事に集中できる環境」にいる人

 第一に、仕事における「能力」とはいったい何かという問題があります。「仕事のできる人」とはどんな人でしょうか?書類やデータの作成が速くて正確な人?コミュニケーション能力が高くて人脈を広げられる人?仕事の内容によってさまざまな「できる」の基準がありますし、それぞれの仕事に向いている人と向いていない人がいるのは確かでしょう。でも、「明らかに突出した能力を持っている」という人は多くなく、全体としてみれば人間はそれほど差がないのもまた現実です。