「アート思考」という言葉を聞いたことがあるだろうか? これは、「アーティストのように考える」思考方法で、現代において「身につけるべき力」と注目されている。現在、世の中は猛スピードで変化している。最近では、コロナ禍によって私たちが当たり前だと思っていた生活様式まで大きく変わった。それに伴って常識やニーズも大きく変わり、暮らしの上でもビジネスにおいても変化せざるを得ない状況に陥っている。そんな中で必要とされているのが「アート思考」であり、これをわかりやすく解説してくれると話題なのが『13歳からのアート思考』という1冊だ。著者は美術教師で、自身もアーティストである末永幸歩氏。本記事では、本書内で紹介されている具体的なアート作品とアーティストの思考を追いながら、「アート思考」の重要性について語る。(構成:神代裕子)

【「正解がない時代」の思考法】<br />カメラの誕生で「写実的という正解」を失ったアート界、画家ピカソが考え出した「自分なりの答え」とは?Photo: Adobe Stock

カメラの誕生で覆った「アートの正解」

 ルネッサンス時代の絵を見ていると、宗教画と肖像画が多い。なぜなら、当時の画家にとってクライアントは教会や貴族であり、彼らが望むもの・必要とするものを描いていたからだ。

 そこで求められたのは、聖書の内容を、「現実味を帯びた絵画」にすることであり、「生写しであるような正確な表現」だった。つまり、写実的な表現が求められたのである。

 ところが、20世紀に入ってカメラが登場することで、アーティストの存在意義が根底から揺るがされることになる。

 なぜなら、カメラがあれば、極めて速く、絵よりも正確に現実世界を映し取ることができるからだ。

 つまり、20世紀が訪れるまでは、「素晴らしい絵」=「目に映る通りに描かれた絵」であり、それがアートの正解だと考えられていたのだ。

 しかし、カメラが登場したことで、その正解は覆る。目に映る通りに描くことが絵の価値だとすると、写真には到底敵わないからだ。

 こうしてアートの世界における正解が失われた後、「『リアルさ』とはいったいなんだろう?」と考えたアーティストがいた。その一人が、パブロ・ピカソ(1881-1973)だ。

「リアルとはなにか」を考え、表現したピカソ

 ピカソが「リアルさ」を探求した結果に生まれたのが《アビニヨンの娘たち》という作品である。

 この作品は、裸体の女性が5人描かれたものだが、その描き方には非常に特徴がある。

 顔は正面を向いているのに、鼻はL字に描かれており、まるで横から見たように書かれているし、体のパーツのバランスも悪く、女性かどうかもよくわからない人もいる。

 写実的な絵に慣れた私たちからすると、なんとも不思議な表現方法に感じる。

 実際、この絵を発表した時、アート界の人たちは「ひどい絵だ」と非難したのだそうだ。

 末永氏は、この絵の大きな特徴は、私たちが「リアルな表現である」と信じている「遠近法」を使っていないことにあるという。

 生まれた時から遠近法で表現されたものに囲まれて育っている現代人は、遠近法に従って描かれた絵を見た時に、「これはリアルだ」と感じるようになってしまっている。

 そして、私たちは、1つの位置からある対象物を見ている時でも、これまでそれについて得てきた知識や経験を無意識に前提として捉えている。

 例えば、サイコロの1・3・5が見えていたら、「見えないところには2・4・6がある」と判断しているはずだ。なぜそう考えるかというと、サイコロに対する知識をすでに持っているからだ。

 そのため、「裏面には目が1つもないかもしれない」とか「もっと違う数の目があるかもしれない」とはなかなか考えない。

 そもそも、視覚だけを使って見るということもあり得ません。3次元の世界では、常に五感をフル活用してものごとをとらえているはずです、そう、私たちは、さまざまな情報をいったん頭に取り込み、脳内で再構築して初めて“見る”ことができるのです。(P.120)

 このことに気がついたピカソは「『1つの視点から人間の視覚だけを使って見た世界』こそがリアルだ」という遠近法に疑問を持つ。「人間は、こんなふうに物事を見てはいないのではないか」と考えたのだ。

 私たちが物事を見ている実際の状態により近い「新しいリアル」を模索し、ピカソがたどり着いたのが「さまざまな視点から認識したものを1つの画面に再構成する」というものだった。

 そして、それを表現したのが《アビニヨンの娘たち》なのだ。

 だから、この絵は、娘たちを正面から描いているにもかかわらず、さまざまな角度から捉えた描写を織り交ぜた表現になっているのだ。

ピカソから学ぶ、物事の捉え方

 ここで押さえておかなければならないのは、「遠近法とピカソの視点のどちらがリアルか」を投げかけているわけではない、ということだ。

 このことから私たちが学ぶべきは、これらを材料に「リアルさとはなんだ?」という問いについて、自分なりの答えを生み出すことだ。

 ピカソはこの絵を通して、私たちに「リアルさ」にはさまざまな表現があることを教えてくれた。

 そして、このことは、物事の捉え方によって、見え方が変わるのは「リアルさ」に限った話ではないということにも通じている。

 今、私たちが「当たり前」と思っていることも、一般的に「良い」とされていることも、とらえ方次第では違う見え方をする可能性が大いにあるということだ。

 そんなふうに物事を柔軟に捉え直し、さまざまな角度から見ることができる思考を身につけられれば、思ってもみない表現やアウトプットを生み出すことができるかもしれない。

 そして、その力を身につけた人は、この激動の時代も軽々と乗り越えていけるに違いない。