「7RULES(セブンルール)」(2022年1月25日放送/フジテレビ系列)に美術教師・末永幸歩(すえなが・ゆきほ)さんが出演し、大きな注目を集めている。番組内では、アートの世界に馴染みのない人たちが「美術の授業」にのめり込んでいる様子のほか、彼女自身が実践している独自の「アート子育て」が放送された。
都内公立校で教鞭をとりながら書き溜めていたという彼女の『13歳からのアート思考』は16万部を超えるベストセラーとなり、いまでは全国の小学校~大学はもちろん、国内の大手企業やベンチャーまでもが、彼女に「出張授業」を依頼するまでになっているという。
いったい、末永さんの「美術の授業」の何が人々を惹きつけるのだろうか? 世の中が「不確かなこと」で満ちているからこそ、いま求められている「自分なりの意見」を持つ力の磨き方などについて、末永さんに聞いた(聞き手:藤田悠)。
なぜ授業の最初から
「びっくりする問題作」を見せるのか
──番組では末永さんがふだん大切にされている「7つのルール」が紹介されていますが、そのなかでもとくに思い入れがあるものはどれですか?
あえて選ぶとすれば「問題作でびっくりさせる」というルールですね。学校での「美術」にしろ、社会人向けの「アート思考」研修にしろ、「びっくりしてもらうこと」ってすごく大切なんだなと思っていて。
だから、授業の最初には「え? これってアートなのかな……」と思わせるような作品を見てもらうようにしているんです。
──末永さんの『13歳からのアート思考』は中学生向けの授業がもとになっているわけですが、たしかにあの本のなかでも、6つの授業それぞれの冒頭に「びっくりするような作品」が掲載されていますよね。ぱっと見て「ああ、きれいだな……」と思えるようなアートではいけない?
いかにも価値がありそうな作品を見せてしまうと、生徒のほうでも「おー、すばらしい作品ですね」としか言えなくなってしまうんです。
要するに、「(よさを感じ取らなきゃ……。じゃないと、センスがないって思われてしまう……)」という圧力が生まれるんですよね。だから、その作品の価値を味わえているかのように思い込んでしまう。
こういう状態のまま作品を鑑賞しても、自分が本当に感じていることは引き出せません。
だから、初見で「おー、すばらしいですね」とは言いづらいようなアート作品を選ぶようにしています。
私たちは「感じたこと」にフタをしてしまう
──なるほど。それが「びっくりさせる問題作」ということなんですね。
はい! とはいっても、ただこういう作品を見てもらうだけだと、まだ素直に「びっくり」できない人がほとんどです。
本人の心のなかでは
「え、なんでこんなものに何千万ドルもの価値があるの!?」
「こんなのがアートだったら、なんでもアリじゃん……」
「正直言って、全然きれいとは思えない」
というような感情が湧き上がっているはずなのに、それにフタをして「うーん、私にはちょっとわかりません……。先生、説明してくださいよ」なんて言ってしまう。
あるいは、中途半端に知識がある人だったりすると、「ピカソのキュビズムですよね!」とか「『睡蓮』は知っています! モネはたしか印象派ですよね」みたいなコメントで終わってしまう。
──作品にしっかり向き合えていないわけですね。
おっしゃるとおり、「作品を自分の目でしっかり見つめられていない」ということが、まずあります。
でも、もっと問題なのは「自分の意見」がそこから生まれないことだと思っています。
「おー、その絵はけっこう有名ですよね」「なんか評価されてるらしいですね」というように「他人事」になってしまっているので、その人なりの考えが入り込む余地がなくなっている。
「わからない」「知らない」「これは知ってる」「ピカソだ」「モネだ」というところで、考えがとまってしまって、それより先のところに思考が広がっていかないわけです。
──たしかにぼくも美術館に行っても、気づくとそうなっていますね……。自分のなかに「感想」が残らないので、その作品の前に立ったという「事実」をつくりにいっただけなんじゃないかという気がしてきます。
私も美大生だったころは、まさにそんな感じでした。いま振り返れば、授業で聞かされたりした知識を確認しに、美術館に行っていただけです。
一応、作品の前に立ってじーっと見たりもするのですが、そこから「自分の答え」と呼べるものが何も生まれていないんですね。
「で、感想は?」と聞かれると困る
──これはアートに限らないんですが、ぼくは「何か感想はありますか?」って聞かれるのがすごく苦手で……。人の話にしろ、本にしろ、映画にしろ、インプットしているときには「ほー、面白い!」とか「なるほど!」と感じていたはずなのに、いざ「感想は?」と聞かれると、何も出てこない。
だからこそ、私の「美術」の授業では、素通りで終わってしまわないような鑑賞をやります。
本のなかでも紹介しているような、感じたことをとにかく口に出してみる「アウトプット鑑賞」だったり、「どこからそう思う?/そこからどう思う?」っていう問いかけだったりの方法ですね。
こういうトレーニングを繰り返しているうちに、自分が感じたことを素直に口にできるようになったり、好き嫌いの感情がはっきり出てきたりします。さらには、最初は見えていなかった側面が見えてきたりして、見方そのものも深まっていく。
──ちなみに、びっくりさせるような問題作って、具体的にはどんなアート作品なんでしょうか? けっこうマイナーなものも多いと思いますが。
いえ、決してマイナーな作品である必要はないんですよ。むしろ、誰でも知っているような作品を取り上げることのほうが多いですね。たとえば岡本太郎の「太陽の塔」とか。
ただ、これを見せるだけだと、「あ、太陽の塔だ。知ってる」で終わってしまいます。そこにアウトプット鑑賞や問いかけを入れていくことで、自分以外の人の「感想」に触れてもらう。
そうすると、人によって注目するポイントが全然違っているのが見えてくるんですよ。「え? こういう作品だと思ったのに、こんな見方をする人がいるの?」とか、「なるほど。そういう捉え方もあるのか!」という発見がある。
そこで初めて「自分がわかっていなかったことがわかる」わけです。
これが私が「美術」の授業で大事にしている「びっくり」です。
「感想のタネ」は
「イライラ」のなかにある!?
──アートの世界に限らず、他の誰かから仕入れた知識をもとにして、「そんなの◯◯に決まってるよ」「これは××だよ。そんなことも知らないの?」みたいに言う人は増えている印象があります。気づかないうちに自分もそうなっているかも。そういう「脊髄反射」の人にならないためには、どんなことが有効だと思いますか?
「アウトプット」することだと思います。具体的にはやはり「ジャーナリング(日記)」がおすすめですね。「ちょっと日記は大変そう……」という人は「違和感を抱いたこと」をノートに書き出すようにするだけでも違うと思います。
アート作品を見るときにも「なんか気持ち悪いな……」「え、全然よくないじゃん……」みたいな違和感は大事にしてほしいのですが、日常生活のなかでも、まずは違和感に目を向けてみる。
「イヤだった」や「腹が立った」という経験は、知識で対処しきれなくて感情が動いた証拠ですから。まずはそこを起点にしていけば「自分なりの意見」は持ちやすくなるように思います。
──もう「他人の意見」だけではやっていけない?
そう思っています。
コロナ禍が典型ですけど、誰もはっきりした正解なんてわからない時代です。
そういうときに、「自分だけの答え」とか「自分なりの意見」をつくることをしないで、他人の声に振り回されるのは危険です。
何よりも、そんなことを続けていたら、クタクタに疲れてしまいます。
せめて子どもたちには、「自分なりの答えをつくれる人」になってほしいと思って、日々、子育てや授業に向き合っています。
──ぜひ、末永さんの授業をいろんな人に体験してほしいですね。今日はありがとうございました!
末永幸歩(すえなが・ゆきほ)
美術教師/浦和大学こども学部講師/東京学芸大学個人研究員/アーティスト
東京都出身。武蔵野美術大学造形学部卒業、東京学芸大学大学院教育学研究科(美術教育)修了。「絵を描く」「ものをつくる」「美術史の知識を得る」といった知識・技術偏重型の美術教育に問題意識を持ち、アートを通して「ものの見方を広げる」ことに力点を置いたユニークな授業を、東京学芸大学附属国際中等教育学校や都内公立中学校で展開。生徒たちからは「美術がこんなに楽しかったなんて!」「物事を考えるための基本がわかる授業」と大きな反響を得ている。
自らもアーティスト活動を行うとともに、内発的な興味・好奇心・疑問から創造的な活動を育む子ども向けのアートワークショップや、出張授業・研修・講演など、大人に向けたアートの授業も行っている。初の著書『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』(ダイヤモンド社)が16万部超のベストセラーに。オンラインで受講できるUdemy講座「大人こそ受けたい『アート思考』の授業──瀬戸内海に浮かぶアートの島・直島で3つの力を磨く」を2021年5月に開講。