早とちりや事実誤認といった「思考のエラー」は、誰にでも起こりうる。だからこそ、「情報をいかに正しく認識し、答えを出せるか」で差がつく。そのためには「遅く考える」ことが必要だ――そう説く一冊が、哲学者の植原亮氏による新刊『遅考術』だ。
私たちの日常のなかで、「遅く考えるスキル」がとりわけ大きな意味を持つのが「医療情報」を収集するときだ。人はなぜ、医療にまつわるデマや似非科学にやすやすと騙されてしまうのだろうか? 
今回は、『すばらしい人体』の著者であり、外科医けいゆうとしてネット上で精力的に医療情報の発信を行う山本健人氏をゲストに迎え、「思い込みにとらわれた人とのかかわり方」について植原氏と語り合ってもらった。

遅考術Photo: Adobe Stock

誤った知識を手放せない人の説得法

――いったん思い込みにとらわれてしまうと、なかなかそこから抜け出すのは難しいものです。誤った知識を手放せない人に対して、おふたりならどのように説得を試みますか?

山本健人:私が心がけているのは、相手が信じていることや思い込んでいることを、真正面から否定しないということです。

最初のアプローチとして、「いや、そんなはずはないですよ」とか「常識的に考えてそんなことはあり得ないでしょう」などと言ってしまうと、その時点で患者さんとの信頼関係は決裂してしまいます。

そのときは「はい、わかりました」という体で聞いてくれてはいても、次からは二度と病院に来なくなるかもしれない。それは、医師としては最も恐れなくてはならないことです。

その一方で、医師というのは自分たちが論理で物事を理解してきたという成功体験があるものですから、患者さんにも論理をぶつけようとする傾向があります。

「エビデンスで殴る」とか「正論で殴る」といった言い方がありますが、患者さんのなかにはそうした説得に反発を覚える人も少なくありません。

ですから、まずは真正面から否定せずに、相手がそのように思い込んだきっかけは何だったのか、背景にどんな思いがあってその信念に行き着いたのか……といった要素を解きほぐしていくことが大切だと思っています。

その意味では、医師のほうにも「遅く考える」という態度が求められているのでしょうね。

植原亮:頭ごなしに否定するのではなく、相手の主張が出てくるに至った背景を理解してあげるというアプローチには、まったくもって賛成です。

そこで相手に何かを尋ねるとしたら、やはり確認作業のようなかたちになると思います。

相手が何かを主張しているときに「もう少しそこを詳しく教えていただけますか?」といった聞き方で、その根っこに何があるのか、どういうプロセスでその主張に至ったのかを掘り下げていく。

聞いていくうちに、その人なりの合理性とは言わないまでも、それなりの理由や根拠があって、誤った情報を信じるに至ったのだということが分かってくるかもしれません。

その上で、その背景について「確認する」というかたちで質問を重ねていくと、相手のほうから「ここの根拠は十分じゃなかった」とか、「自分が信じているAとBという事柄は、どうも両立しないのではないか」といったことに気づくこともあるでしょう。

遅考術』では、バイアスにとらわれないためのツールをたくさん紹介していますが、それは決してバイアスにはまった人を「論破」するためのものではありません。

しかるべきときには自分自身にも懐疑の目を向けつつ、建設的な対話を重ねるためにこそ、遅考術を役立ててほしいと思います。

植原 亮(うえはら・りょう)

1978年埼玉県に生まれる。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術、2011年)。現在、関西大学総合情報学部教授。専門は科学哲学だが、理論的な考察だけでなく、それを応用した教育実践や著述活動にも積極的に取り組んでいる。
主な著書に『思考力改善ドリル』(勁草書房、2020年)、『自然主義入門』(勁草書房、2017年)、『実在論と知識の自然化』(勁草書房、2013年)、『生命倫理と医療倫理 第3版』(共著、金芳堂、2014年)、『道徳の神経哲学』(共著、新曜社、2012年)、『脳神経科学リテラシー』(共著、勁草書房、2010年)、『脳神経倫理学の展望』(共著、勁草書房、2008年)など。訳書にT・クレイン『心の哲学』(勁草書房、2010年)、P・S・チャーチランド『脳がつくる倫理』(共訳、化学同人、2013年)などがある。

山本健人(やまもと・たけひと)
2010年、京都大学医学部卒業。博士(医学)

外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、感染症専門医、がん治療認定医など。運営する医療情報サイト「外科医の視点」は開設3年で1000万ページビューを超える。Yahoo!ニュース個人、時事メディカルなどのウェブメディアで定期連載。Twitter(外科医けいゆう)アカウント、フォロワー10万人超。著書に16万部突破のベストセラー『すばらしい人体』(ダイヤモンド社)、『医者が教える正しい病院のかかり方』『がんと癌は違います~知っているようで知らない医学の言葉55』(以上、幻冬舎)、『医者と病院をうまく使い倒す34の心得』(KADOKAWA)、『もったいない患者対応』(じほう)ほか多数。
Twitterアカウント https://twitter.com/keiyou30
公式サイト https://keiyouwhite.com