CEO就任後の「選択と集中」が
迅速なワクチン開発の素地に
本書の内容に話を戻すと、ファイザーには、スピード感ある開発を実現しやすい社内体制がすでに整っていたという。というのも、ブーラ氏はCEOになる1年前の2018年1月にファイザーのCOOに就任したが、そのときに大規模な組織改革を行っている。
同社の事業ポートフォリオを再編し、コンシューマー・ヘルスケア事業部門と、特許切れ医薬品を扱うアップジョン事業部門を切り離したのだ。前者はグラクソ・スミスクラインの一般用医薬品部門と、合弁会社を設立する形で統合。後者はマイランと統合し、新会社ヴィアトリスの一員となった。
この二つの事業には、よく知られたアドビル、セントラム、リピトール、ノルバスク、バイアグラなどのブランドが含まれており、合計でファイザーの総収益の25%以上を占めていたという。それでもブーラ氏は「確実性はあるが成長の遅い」この2事業を手放し、革新的な中核事業へと「選択と集中」を図ることにしたのだ。
それと並行してM&Aを進め、コロラド州のバイオ医薬品企業、アレイ・バイオファーマなど4社のバイオテクノロジー企業を買収した。
アレイ・バイオファーマは、皮膚がんの一種とされる悪性黒色腫の治療薬を開発済みであり、その技術は、大腸がんの治療薬にも応用できると見込まれていた。他の3社も同様に有用な技術を持っており、4社の買収は、ファイザーに新たな領域への挑戦を可能にする「科学的な強み」を加えるものといえた。
こうしてブーラ氏は、「常識にとらわれず大きく考え(シンク・ビッグ)、イノベーションを生み出せるような企業文化を築く」道を選んだ。
このような組織改革を行っていたことが、パンデミックという未曽有の事態に敏速に対応できる素地になっていたのだろう。
「患者の写真」が飾られた幹部用会議室が
迅速な意思決定を生んだ
また、ブーラ氏は、ワクチン開発の「苦闘」の舞台となっていた幹部用の会議室を「パーパス・サークル」と呼んでいたそうだ。この部屋の壁には「患者の生活を大きく変えるブレークスルーを生み出す」という同社のパーパス(企業目的)が大きく貼り出されている。
そして、一方の壁には、幹部一人一人が持ち寄った「個人的に心揺さぶられた患者」の写真が飾られている。「自分たちの下す決定が、患者にとってどんな意味を持つか」を常に忘れないためだという。