18カ月後の完成では
「まだスピードが足りない」
中国の武漢で発生した新型コロナウイルスがパンデミックに発展したのは、ブーラ氏がファイザーCEOに就任してから約1年後だった。当時の米トランプ大統領は、ファイザーを含む大手製薬会社や公衆衛生機関の科学者に緊急招集をかけ、2020年3月2日に対応策を検討するミーティングを開いた。
その場で大手製薬会社の面々は、すでにワクチンと治療薬の開発に動きだしていることをトランプ氏に伝えた。
ブーラ氏も即座に幹部を集め、具体策を検討した。その場にいる全員で「緊急事態」であることを共有し、予算超過の懸念はあったものの、一刻も早くワクチン開発を前へ進めることを決めた。
そして、ドイツのバイオベンチャーであるビオンテックとの連携の下、当時まだ製品化されていなかったmRNAワクチン開発という方針を定めた。
ブーラ氏の要請を受けた研究チームは、当初、18カ月で必要な作業を完了させるというプランを提出。通常は少なくとも数年かかるワクチン開発を大胆に短縮する計画だったが、ブーラ氏は「まだ(スピードが)足りない」として、これを却下した。
1週間後に再提出されたプランにブーラ氏はゴーサインを出し、世界に向けて、ファイザーがパンデミックに対抗できるワクチンを「2020年10月まで」に開発するつもりであることを発表した。
研究チームは開発期間の短縮に向けて、前例のない工夫をした。例えばワクチン候補を絞り込むための第1相・第2相試験。通常はすべての候補が出そろってから試験を開始するが、このプランでは、最初のワクチン候補が出来上がった時点からスタートした。そして、見込みの低い候補は、早い段階でどんどん振るい落としていった。
その後、週に2回開かれた、ワクチンに特化したミーティングは、「プロジェクト・ライトスピード(光速)」と呼ばれた。
ファイザーほどの巨大組織のミーティングでは、事前に関係者の意見をすり合わせておくのが常識だが、このプロジェクトでは、そんな悠長なことはしていられなかった。その場で、最新のデータが示され、決められることはその場で即時に判断し、決定が下された。
ブーラ氏はこの会議のあり方を「無駄を省いて、必要なことを必要なときに必要な分だけ行うジャスト・イン・タイムの精神」と表現している。
スピードを上げ、かつ医薬品の有効性と安全性を確保するための創意あふれる工夫がいくつもなされ、11月8日に最後の第3相試験の結果が判明した。ワクチンの有効率が95.6%という高水準に到達したことを受けて、ファイザーはプレス発表に踏み切った。開発に成功したのだ。
「10月まで」という目標には少し届かなかったものの、開発を始めてからわずか9カ月で完成させるというスピード感だった。