“do things right”ではなく
“do the right thing”を実行
ファイザーは驚異的なスピードで、きわめて有効性の高いワクチンを開発できた。スピードを重視するあまり、作業が雑になり、品質が犠牲になることはなかったのである。結果オーライで、途中のプロセスはどうでもいい、ということでもない。科学的に「正しい」プロセスを踏みながら、そこにイノベーションを起こし、大きな成果を上げた。
本書の紹介からは脱線するが、米国の経営学者ウォーレン・ベニスの名言の一つに“Leaders are people who do the right thing; managers are people who do things right.”(リーダーは「正しいこと」を行う、マネジャーは「ことを正しく」行う)というものがある。
前半の“do the right things”は、「正しいこと」を行うためには手段を選ばないという意味を持つ。前例や規則から外れた一見「正しくない」やり方であっても、目的を達成するためには良しとする。
一方、後半の“do things right”は、前例や規則にのっとって「ことを正しく行う」手法を良しとする。
したがって、“do the right things”であれば、手段の可能性は無限にあり、いくらでも工夫の余地が出てくる。だが“do things right”の場合だと、世間一般で「正しい」とされるごく限られた手段しか使えない。
ファイザーのワクチン開発は、紛れもなく前者であり、だからこそイノベーションが可能になったといえる。
さらに言えば、ファイザーの取り組みは、戦略策定で使われる「バックキャスティング」の良い例だともいえるだろう。「未来のあるべき姿」を想定し、それを実現するために何をすればいいかを考えるのが、バックキャスティングの思考だ。
それに対して、真逆の思考である「フォーキャスティング」では、「現在ある姿」からどう発展させるかを考える。
先ほどの“do the right things”と同様に、バックキャスティングであれば、「未来の姿」に到達するために、さまざまな方法を工夫することができる。フォーキャスティングでは、「次に何をすればいいか」を積み上げていくため、道は一本しかない。
ファイザーは「短期間で有効なワクチンを完成させる」という「未来のあるべき姿」を想定し、「そのためにはどうすればいいか」というバックキャスティングを行った。その結果、前例のない開発プロセスを創造し、その後の薬品開発の可能性を広げたのである。