「いい会社」はどこにあるのか──? もちろん「万人にとっていい会社」など存在しない。だからこそ、本当にいい会社に出合うために必要なのは「自分なりの座標軸」である。そんな職場選びに悩む人のための決定版ガイド『「いい会社」はどこにある?』がついに発売された。20年以上にわたり「働く日本の生活者」の“生の声”を取材し、公開情報には出てこない「企業のほんとうの姿」を伝えてきた独立系ニュースサイトMyNewsJapan編集長・渡邉正裕氏の集大成とも言うべき一冊だ。
本記事では、なんと800ページ超のボリュームを誇る同書のなかから厳選した本文を抜粋・再編集してお送りする。

【企業別年収マップで見る】誰が日本人の賃金アップを邪魔しているのか?Photo: Adobe Stock

いまだに「新卒一発勝負」…
日本で続く「運頼み」の労働市場

 筆者自身が転職活動をしていた2003年ごろには、35歳なら手取り600万(額面800万)以上は稼げる会社が世の中にたくさんあって、普通にそういう会社に転職できるほうが健全だよな、と思っていた。だが現実には、大手の日本企業は新卒中心主義で、社員の平均勤続年数が15~20年以上で、中途採用はごく少数。転職先といえば、外資やコンサル業界ばかりだった。

 その後の20年で、ここに楽天などIT系のメガベンチャーが加わったが、依然として右側の企業群は、新卒中心の体制を崩さない。ソニーでも平均勤続年数19.3年、味の素が20.2年。給料が高めで雇用も安定している有力企業については、新卒の就活での入社チャンスが100あるとすると、中途は5とか10といったレベルしかなく、少ない枠に求職者が殺到するため一気にハードルが上がり、実質的に“再チャレンジ不可能社会”になっている。

 新卒時の就活で切る「新卒カード」の価値が、日本では依然として異常に高すぎて、バランスが悪いのだ。新卒時に1回失敗しただけで、生涯年収5~6億円を得る仕事の“お得なタイムセール”は終わり。まるでペーパー試験一発で決まる大学受験みたいだ。

 こんな運頼みの労働市場は合理的ではないが、それが現実である。30歳になって気づいても、そのチャンスはもうない。中途採用は、少なくとも新卒の10倍以上は難関となるか、採用ゼロか、どちらかだ。

各社とも公開したがらない「中途採用比率」

 中途採用比率については、2021年度より301人以上を雇用する企業について、年1回の開示が義務化されたが、罰則もなく開示場所も指定されていないため、無視している会社が多いのが現状で、大手の対応もまちまちである。

 たとえば人材ビジネスを祖業とするリクルートは、既存の法律に囚われない唯我独尊カルチャーを持ち味とし、自社メディアの「リクナビ」でも「ESGデータブック」でも、自社の中途採用比率を、やはり開示していない。自らPRしたい女性比率ばかりをアピールしており、「らしさ」が出ている。

 新卒と中途のバランスは人材戦略の肝でもあり、国の法律を守ると、戦略を競合他社にバラしてしまうことにもなる。だから、義務とするのなら、罰則付きで全社に守らせないと、「正直者がバカを見る」倫理が退廃した社会に堕ちてしまう。それを政府が主導している点に深い闇がある。

 キヤノン(本体)は「キャリア採用FAQ」で「2020年:14%」と記しているが、「サステナビリティデータブック」には載っておらず、見つけるのに一苦労。営業組織であるキヤノンマーケティングジャパンのほうは「12.4%」と記しているが、「2020年12月時点」とあり、いつからいつまでのデータなのかもわからない。法令で義務化したのなら、フォーマットや開示場所(たとえば『サステナビリティデータブック』内など)を政府が決めるのが筋だ。

 東京ガスは典型的な規制業種で、35歳の総合職なら全員が額面年収1100万円ほどで、「正直、もらいすぎ感はある」(社員)という会社なのだが、中途採用比率は「ESGデータ」内で開示。2020年度は、新卒218人に対し、中途17人(7.8%)。単体で7749人の社員がいる組織で、年間17人(約0.2%)しか社会人経験者を入れないのだ。

より厚くすべき
「ミドルリスク・ミドルリターン」な領域

 本来、次の図内の丸で示したような、「平均勤続年数が5~10年で賃金が額面800万くらい」の、(雇用が)ミドルリスク・(賃金が)ミドルリターンな企業群が分厚くなれば、賃金が高い有望な転職先が増え、日本人全体の賃金も上がる。サイバーエージェント、リクルート、楽天、IBM……といった企業だ。

 たとえばリクルートは、ジョブ型雇用の成果主義を徹底しており、30代800万円台の中途採用をたくさん行っている。5年ほどで次の会社に移るか、自分で会社を興すため、日本経済への貢献度が高い。報酬ランクに応じたミッションを達成できなければ給料が下がって辞めざるを得なくなるから、雇用主としてもリスクは少ない。各業界で、この種の会社が育てばよいわけである。

 そのためには、やはり図の右側の会社たちが政治力で守っている既得権を奪い、フェアな競争環境を作って、新しい会社・高い賃金を支払える事業を、国全体として生み出さないといけない。それは補助金で実現するものではないから、1円もかからない政策である。

 たとえばサイバーエージェントがテレ朝と合弁で『アベマTV』を経営しているが(サイバーが55%保有)、電波の競争入札があればテレ朝と組む必要もなく国庫に税収が入り、かつ、藤田氏の実績から考えれば単独で事業拡大し、高賃金の雇用を大量に創出していた可能性が高い。

 こうした規制改革のほうが本丸だ。中途採用比率の強制開示は、転職活動の際に企業カルチャーとのフィッティングを判断する点からもプラスに働くので守らせるべきだが、それだけでは弱い。

 そもそも、ガンガン売上が伸びていて、給料が高くて、雇用もそこそこ安定してそうだ、経営陣のガラも悪くない──という新興企業が出てきて、「課長の一歩手前のランク」のジョブ型採用で額面800万円の募集があれば、30代社員がどんどん吸い込まれていくから、自動的に人材の流動化が進む。

 下のほうの中小企業からは当然として、右側の古い会社群からも、どんどん人が移る。ようは、まともな新興企業や、既存企業内の新事業が足りない、規制でがんじがらめだから投資チャンスが国内にない(カネはじゃぶじゃぶ)、という問題にこそ、本質がある。

(本記事は『「いい会社」はどこにある?──自分だけの「最高の職場」が見つかる9つの視点』の本文を抜粋して、再編集を加えたものです)