人口減の日本で、元ミクシィ社長でシニフィアン共同代表の朝倉祐介さんが、大学時代の恩師である、東京大学大学院経済学研究科・経済学部の柳川範之教授に、最近話題になった経済産業省について聞いていくインタビューシリーズの第2回です。長年言われ続けている、日本の人口減少問題と生産性向上について語り合います。※衝撃的に遅い、日本企業内の昇進年齢などについて語り合った第1回はこちらから。(構成:大酒丈典)

柳川範之・東京大学教授がかつて掲げた「40歳定年制」の真の狙いとは?Photo: Adobe Stock

人口減の日本には生産性向上が必須

柳川範之・東京大学教授がかつて掲げた「40歳定年制」の真の狙いとは?柳川範之氏
東京大学 大学院経済学研究科・経済学部教授
1988年慶應義塾大学経済学部通信教育課程卒業、1993年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。慶応大学専任講師、東京大学助教授、同准教授を経て、2011年より現職。新しい資本主義実現会議有識者議員、内閣府経済財政諮問会議民間議員、東京大学不動産イノベーション研究センター長、東京大学金融教育研究センター・フィンテック研究フォーラム代表等。著書に『Unlearn(アンラーン) 人生100年時代の新しい「学び」』(日経BP社、為末大氏との共著)、『東大教授が教える独学勉強法』(草思社)、『日本成長戦略 40歳定年制』(さくら舎)、『法と企業行動の経済分析』日本経済新聞社等。

朝倉祐介さん(以下、朝倉) 日本が直面している課題を一つ挙げろと言われると、やはり人口減少問題があります。ただ、これは1980年代にはすでに認識されていて、大変なことになると言われていました。それが30年以上経ってようやく今、こうしたレポートが出てくる。有効な手立てが打てなかったことをもどかしく感じます。柳川先生は人口減少の話や教育問題などに、どういう打ち手があるとお考えでしょうか?

柳川範之さん(以下、柳川) 人口減少や少子高齢化はずっと言われていて、対策が打てていないのは大きな課題です。簡単にできる政策が無かったというのが事実です。無理やり子どもを産ませることは当然できません。人々が安心して出産・子育てができる環境を作るには、やはり経済の仕組みや生活スタイルを全部変えていかないといけません。小手先の政策では難しいのですが、「難しい」と言いながら何十年も過ぎてしまいました。

子どもを安心して出産・子育てできる環境を整えたとしても、生まれた子どもが生産年齢人口になるには20年近くかかります。その20年間、そして人口が増えていくまでの30年間を日本はどうやって乗り切るのか。それを考えると、やはり生産性を上げていくしかないのです。

朝倉 生産性を上げないといけない、というのも、ずっと言われてきた課題ですよね。

柳川 そうです。どこから手を打っていけばいいか。まず、今の生産年齢人口の人たちがフルで活躍できているかというと、決してそうではありません。「活躍したいけど、できていない」という人たちが大勢います。まずはそういう人たちに活躍の場を与えたり、能力を身に着けてもらったりすることが大切です。例えば、労働意欲があっても満足な仕事に就けないパートタイマーの女性などの問題を解決していくべきです。

もう一つの方法は「学び直し」です。リカレント教育やリスキリングなど最近言われている話です。現在必要とされる能力の不足によって転職の機会を逃し、同じ会社に長く居続ける人たちがいるとすれば、大変もったいない話です。私は10年前から学び直しの重要性はずっと訴えています。企業だけでなく、大学など高等教育機関も社会人のスキルアップのために何を提供できるかを考えていくべきです。

柳川範之・東京大学教授がかつて掲げた「40歳定年制」の真の狙いとは?「4割以上の企業は、【技術革新により必要になるスキル】と【現在の従業員のスキル】との間のギャップを認識している」<「未来人材ビジョン」(令和4年5月)38ページより>
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朝倉 生産性向上には外部から戦力を招くという考え方もあります。先生のご指摘は現有戦力の生産性をいかに高めるかという視点ですね。

柳川範之・東京大学教授がかつて掲げた「40歳定年制」の真の狙いとは?朝倉祐介氏
シニフィアン株式会社共同代表
兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務の後、東京大学法学部を卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニー入社を経て、大学在学中に設立したネイキッドテクノロジー代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、シニフィアンを創業。同社ではグロースキャピタル「THE FUND」の運営など、IPO後の継続成長を目指すスタートアップに対するリスクマネー・経営知見の提供に従事。主な著書に『論語と算盤と私 これからの経営と悔いを残さないこれからの生き方について』『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』(以上、ダイヤモンド社)、『ゼロからわかるファイナンス思考 働く人と会社の成長戦略』(講談社)。 株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。

雇用の話で言うと、会社の使命として「雇用の創出」があるとよく言われます。しかし最近、私は本当かなと疑っています。労働者を低賃金で抱え込み、労働生産性の向上を促していない会社については、貴重な戦力を占有しているという点で社会悪ではないかと思うのです。スタートアップでも「人材採用でチームを拡大することが社会貢献だ」と言っている人とよく会いますが、ちょっと違うのではないかと考えています。

柳川 企業任せというのもね。

朝倉 そうなんです。先ほどのパートの女性労働者の問題は、税制など含めたインセンティブ設計が重要だと思います。社会人のリスキリングでは、一人ひとりの働く人をどうやって動機づけるか、そして会社にどうやって働きかけるかが課題です。いろいろなアプローチがありますが、先生のお考えをお聞かせください。

柳川 私は10年くらい前、「40歳定年制」を打ち出しました。当時の民主党政権のときに、長期的に目指すべき社会システムの提言としてまとめました。40歳でリタイアするのではなく、75歳まで元気に活躍してもらうための定年制です。その年齢で一度キャリアを見直してもらい、学び直しの機会を受けられるような社会・雇用システムを作ってはどうかというのが趣旨です。ただ、ネーミングが刺激的だったので誤解もされましたね(笑)。

朝倉 「40歳定年」という響きはたしかに衝撃的に受けとめられましたよね(笑)。

柳川 環境変化の大きな時代に、20歳くらいで培った能力だけで50年間の仕事人生を送るのは難しくなっています。どこかのタイミングでしっかりスキルアップのための時間と労力をかけることが大切です。しかし、それは個人の力だけではできません。企業が学ぶ機会を提供したり、政府が何らかの補助をしたりする仕組みが必要です。大学も教育制度を工夫することが求められるでしょう。

人材の評価にも市場原理を

朝倉 ラディカルな意見として「マーケットメカニズムに合わせて人が評価されるようになればいい」という見方もできます。年功序列や終身雇用は会社に対する付加価値と連動しない形になっています。それは一見、温情的なシステムです。ただ、裏を返すとそこから外れてしまった人たちをメンバーシップに入らせない仕組みとも言えます。いわゆる正規社員と非正規社員の格差の話ですね。

私から見て人材採用の制度は理不尽に思えます。僕の少し上の世代が就職氷河期で、いわゆるロスジェネ世代でした。企業のリストラは世間から批判される一方で、新卒採用を絞っても誰も何も言わないのは矛盾だなとも感じます。就職活動時期の景気の良し悪しに左右されたり、採用面接の一発勝負で生涯年収が固定化されたりするのは理不尽です。もっと市場原理に近い評価方法がいいという立場もあり得ると思います。柳川先生は今の日本社会にはどのような策が有効だとお考えでしょうか?

柳川 非常に重要な点ですね。確かに現状はマーケットメカニズムがうまく働いていません。雇用形態として、短期の有期雇用契約、いわゆる非正規か、無期の正規かの二つしかありません。労働者を正規雇用すると会社側は解雇が難しく、原則定年まで雇うことになります。そのため会社は新卒採用に慎重にならざるを得ません。

本来は雇用の契約期間を5年、10年、20年、50年と柔軟にして選べるようにすべきです。「40歳定年制」はそのような要素が入っています。40歳定年であれば、雇用期間は20年になります。雇用期間の柔軟化を図るものです。

その実現に向けたハードルは二つあります。一つは無期雇用で定年までデフォルトの契約になっているので変えるのが難しい点です。もう一つは労使の情報の非対称性です。雇われる側は情報が劣位にあり、搾取されがちです。対等な形の契約が難しい。そこは独占禁止法できちんとした手当てが必要です。雇用期間は当事者間で定める、多様な契約を認めてマーケットメカニズムをうまく働かせる。ただし、搾取的な契約をされてしまうことに関しては、雇われる側が不利にならないようにする。そこにどうやって近づけるかを考えなければいけません。(第3回に続く

※本インタビューは、Voicy「論語と算盤と私とボイシー」にて、2022年9月26日~30日に公開された内容を再構成したものです。