人口減の日本で、元ミクシィ社長でシニフィアン共同代表の朝倉祐介さんが、大学時代の恩師である、東京大学大学院経済学研究科・経済学部の柳川範之教授に、最近話題になった経済産業省「未来人材ビジョン」について聞いていくインタビューシリーズの第3回です。これも指摘されて久しい問題ながら、大企業の硬直化とその対応策について議論します。(構成:大酒丈典)
※ここまでのお話の流れ:
第1回「日本で課長に昇進する平均年齢は38.6歳、中国では28.5歳、タイは30.0歳。何が違うのか?」
第2回「柳川範之・東京大学教授がかつて掲げた【40歳定年制】の真の狙いとは?」
大企業の行き詰まりが鮮明
柳川範之さん(以下、柳川) ここ5年、もう少し前からでしょうか。大企業でずっと働き続けることの限界や非効率性がすごく大きくなってきている気がします。年功序列の賃金体系は薄まり、実力本位の評価主義は入ってきています。それでも、普通の大企業において20代で役員になるとか、30代で社長になるとかはありえません。長い出世の階段を我慢して登る必要があります。出世も生産性を高める形ではあればよいのですが、社内抗争とか上司のご機嫌取りとかの要素がけっこう含まれます。
東京大学 大学院経済学研究科・経済学部教授
1988年慶應義塾大学経済学部通信教育課程卒業、1993年東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。慶応大学専任講師、東京大学助教授、同准教授を経て、2011年より現職。新しい資本主義実現会議有識者議員、内閣府経済財政諮問会議民間議員、東京大学不動産イノベーション研究センター長、東京大学金融教育研究センター・フィンテック研究フォーラム代表等。著書に『Unlearn(アンラーン) 人生100年時代の新しい「学び」』(日経BP社、為末大氏との共著)、『東大教授が教える独学勉強法』(草思社)、『日本成長戦略 40歳定年制』(さくら舎)、『法と企業行動の経済分析』日本経済新聞社等。
大企業で働いている人って、みんな頑張っていると思うんですよ。長時間働いているし。ただ、一生懸命働いている割には全体として成果が上がっていません。社内調整とか根回しとかが多く、企業全体の生産性や付加価値を上げる方向に向いていません。出世や社内の生き残りにはそれが必要なので、みんな頑張っているのだけど。そうした組織や意思決定の構造みたいなものを大きく変えていかないとダメです。
朝倉祐介さん(以下、朝倉) 個人ベースでの変革は限界がありそうですね。
柳川 たとえば、今は「DX」が流行り言葉になっているじゃないですか。でも本当は単にデジタル活用とかの話ではなく、もっと組織の意思決定をフラット化して、若い人が積極的に活動できる組織に変えていくことに本来的な意味がある。そこができていないのが大きな課題です。
残念ながら、現状では大企業で頑張るのもよいが、スタートアップやベンチャーでやりたいことを発揮してもらうほうが生産性は高くなり、社会にとってもプラスだ、と個人的には思っています。経済産業省の研究会でも、全体の雰囲気としてそうした論調が多かったですね。
朝倉 関係のない立場であれば好き勝手言えますが、政策を実行する立場であれば、いろいろ難しい要素を加味して発言する必要もありそうで難しいですね。
スタートアップが生産性向上の起爆剤に
朝倉 先ほど先生が仰った点には全く同感です。私もスタートアップが日本の伝統的な企業文化に一石を投じられる可能性があるんじゃないかと思っています。ステレオタイプな日本の大企業像と比較すれば、現状はスタートアップにいるほうがより生き生きと働けるんじゃないかと。慣習化した無駄な業務プロセスもないことで、ワークライフバランスもより良くなり得るのではないでしょうか。また、スタートアップに転職したほうが大企業より高い賃金を得られる場合もありますし、新規上場時のストックオプションというアップサイドも持てます。実際にそうした点に魅力を感じて転職する方も増えていますし、大企業から優秀な方々がスタートアップに民族大移動を起こす土壌が整っているのではないでしょうか。
柳川 そうなるといいですけどね。
朝倉 もちろんスタートアップも日本の労働法の枠組みの中にいます。ただ、同じスタートアップに一生しがみつこうという考え方の人はいません。年功序列や終身雇用みたいな世界観とは違うのです。そうしたスタートアップが増えてくることで世の中変わるのでは、という希望があります。
シニフィアン株式会社共同代表
兵庫県西宮市出身。競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務の後、東京大学法学部を卒業。マッキンゼー・アンド・カンパニー入社を経て、大学在学中に設立したネイキッドテクノロジー代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、シニフィアンを創業。同社ではグロースキャピタル「THE FUND」の運営など、IPO後の継続成長を目指すスタートアップに対するリスクマネー・経営知見の提供に従事。主な著書に『論語と算盤と私 これからの経営と悔いを残さないこれからの生き方について』『ファイナンス思考 日本企業を蝕む病と、再生の戦略論』(以上、ダイヤモンド社)、『ゼロからわかるファイナンス思考 働く人と会社の成長戦略』(講談社)。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。
もう一つの希望は、大企業側にも「このまま(の収益構造や組織・報酬体系)ではシステムとして持たない」という危機感が広がり始めていることです。従来のやり方だと優秀な人をつなぎ留められなくなることで、企業の行動変容が加速していくのではと期待しています。
柳川 それは大事なポイントだと思いますね。昔は何かのアイデアを実現させようとすると、やっぱり大企業でないとできないことがたくさんありました。例えば、車の試作品を作るといったことです。トヨタとかホンダとかの会社に入って何十年か勤めて、ようやくその会社の工場を使って試作品を作れるようになります。自分の頭の中に車のアイデアがあっても、それを実現させるにはやはり会社の大きなリソースを使うしかなかったのです。
しかし、今は技術革新によって一人ひとりのアイデアや、やりたいことを叶えるのが容易になっています。それはデジタル技術の発展のおかげです。具体的には3Dプリンタやクラウドサービスなどがあります。個人やグループがスタートアップとかベンチャーでやりたいことをやれるようになりました。だからこそ大企業ではなくてスタートアップがどんどん出てきて、個人のアイデアを実現させていくようになりました。
朝倉 そこは技術革新が果たした役割は大きいですよね。
柳川 本当にそうです。大企業でなければできないことがほとんどなくなりました。そして大企業で苦労してアイデアを実現できない長い期間を過ごすよりは、スタートアップで輝こうとする若い人が増えました。それがこの10年、20年ぐらいの大きな変化です。(第4回へつづく)
※本インタビューは、Voicy「論語と算盤と私とボイシー」にて、2022年9月26日~30日に公開された内容を再構成したものです。