地球誕生から何十億年もの間、この星はあまりにも過酷だった。激しく波立つ海、火山の噴火、大気の絶えまない変化。生命はあらゆる困難に直面しながら絶滅と進化を繰り返した。ホモ・サピエンスの拡散に至るまで生命はしぶとく生き続けてきた。「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」まで全歴史を一冊に凝縮した『超圧縮 地球生物全史』は、その奇跡の物語を描き出す。生命38億年の歴史を超圧縮したサイエンス書として、西成活裕氏(東京大学教授)「とんでもないスケールの本が出た! 奇跡と感動の連続で、本当に「読み終わりたくない」と思わせる数少ない本だ。」、ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』著者)「著者は万華鏡のように変化する生命のあり方をエキサイティングに描きだす。全人類が楽しめる本だ!」など、世界の第一人者からの書評などが相次いでいる。本書の発刊を記念した著者ヘンリー・ジーへのオンラインインタビューの4回目。これまでの連載に続き、世界的科学雑誌「ネイチャー」のシニア・エディターとして最前線の科学の知を届けている著者に、地球生物史の面白さについて、本書の執筆の意図について、本書の訳者でもあるサイエンス作家竹内薫氏を聞き手に、語ってもらった。(取材、構成/竹内薫)
60代で執筆した世界的ベストセラー
ーー『超圧縮 地球生物全史』がイギリスで出版された後、メディアや読者からの反応はどうでしたか?
ヘンリー・ジー:書く技術のコツを習得するには、作家であっても、長い時間がかかります。
たとえば、トールキンの『指輪物語』は、彼が62歳の時に出版されたんですよ。彼はその成功に驚きました。
実際、誰もが『指輪物語』の成功に驚きました。
戦後の英国で、印刷する紙もない時代に、3部構成で出版されたこの大作を誰が読むだろうと。
3巻に分けて印刷する必要があり、莫大な費用がかかりました。
売れっ子になるまでには時間がかかりましたが、重要なのは彼が62歳だったということです。だから、私たちには希望があるのです。
ーー『指輪物語』は私も大好きなファンタジーの一つです。でも、トールキンが60歳を過ぎてから有名になったことは知りませんでした。還暦で作家が人生の境地に達するのかもしれませんね。
だとすると、『超圧縮 地球生物全史』は、原著者が60歳で訳者が62歳なので、日本語版がベストセラーになるかもしれませんね(笑)。
ヘンリー・ジー:日本の視聴者にアピールできると思いますか?
ーーはい、「物語」であることが決め手だと思います。本当に、科学の本を読んでいる印象がなかったのです。
くりかえしになりますが、小説のような感じです。だから、読んでいて本当に楽しいし、幸せです。
地球の生物が絶滅したあとに残るもの
ヘンリー・ジー:イギリス版のサブタイトルでは、46億年の進化となっていますが、実は、最後のほうにもう10億年、つまり、今から生命の終焉までの時間を入れました。もう10億年を無償で提供したわけです(笑)。
もちろん、地球上の生命が死んで終わるわけですが、そのときに、愛と喜び、冒険、戦争、苦しみなど、人間の人生の遺産は何だろうかと考えました。
その答えは「何もない」です。すべては地質学的な厚さにまで摩耗し、海に流されてしまうのです。
実は、どうやって本を完成させるか悩んでいたのです。すると、あるSF小説が頭に浮かびました。オラフ・ステープルドンという作家を思い出しました。
なぜ人生は…
彼は1937年に『スター・メーカー』という素晴らしい本を書きました。この本は、ふつうの人がビジョンを持って魂の共同体に参加し、創造の初めから終わりまでの全体像を見るというものです。
そして、主人公は我に返り、「私たちはこれをどう理解すればいいのだろう? なぜ、人生は完全な絶望でないのだろう」と自問し、最終的な結論にいたるのです。
「人間として、良い人生を送り、友人や隣人に親切にすること、そして、自分が去ったときに、この世界を見つけたときよりも良い場所にするために、最善を尽くすことがより重要なのだ」と。
結局はどうでもいいことなのに、ここにいる間にベストを尽くすことが大事。それが、私が伝えたかったメッセージです。だから最後に、『超圧縮 地球生物全史』では、私がとても気に入っている文章を書きました。
「だから、絶望してはいけない。地球は存在し、生命はまだ生きている」
大人のためのベッドタイムストーリー
そして、イギリスではどのように受け止められたのか? 実は、この本の始まりが大切です。
「むかしむかし、巨大な星が死にかけていた」
この本は、むかしむかしと、物語として始まります。実際、これは大人のためのベッドタイムストーリーなのです。
他のベッドタイムストーリーと同じように、楽しませるだけでなく、教訓的でもあり、ある種の倫理的、道徳的な側面があるかもしれませんが、ただ娯楽のために存在するのかもしれません。
もしかしたら、何かを学ぶことができるかもしれないし、感情的に影響を受けて、読み終わったときに世界について違った印象を持つかもしれない。
書き始めたころは、意識してこうしようと腰を据えたわけではありません。ただ、いい話をしたいと思っただけです。
でも、書き進めていくうちに、改訂していくうちに、考えていくうちに、自然とそうなっていったんです。執筆中の最初の読者は、常に自分自身なのです。自分自身を喜ばせることができなければなりません。
特定の人をイメージして書く
でも、実は、私はいつも父のために書いています。父は私が書いたものをすべて読んでくれますからね。私の妻は私が書いたものを読みません。
妻は、ビスケットと紅茶と愛犬と一緒に私をオフィスに閉じ込めて、私の成功を祈っているだけ。私はたいてい、父のために書いています。
大勢の聴衆を前にして講演するときや、コンサートなどで演奏するとき、何百人もいる客席全体を見ているわけではありませんよね。2列目の一人とか。特定の人のためにやっている感じです。
だから、文章を書くときも父を意識しながら書いています。
「ネイチャー」シニアエディター
元カリフォルニア大学指導教授。一九六二年ロンドン生まれ。ケンブリッジ大学にて博士号取得。専門は古生物学および進化生物学。一九八七年より科学雑誌「ネイチャー」の編集に参加し、現在は生物学シニアエディター。ただし、仕事のスタイルは監督というより参加者の立場に近く、羽毛恐竜や最初期の魚類など多数の古生物学的発見に貢献している。テレビやラジオなどに専門家として登場、BBC World Science Serviceという番組も制作。このたび『超圧縮 地球生物全史』(ダイヤモンド社)を発刊した。本書の原書“A(Very)Short History of Life on Earth”は優れた科学書に贈られる、王立協会科学図書賞(royal society science book prize 2022)を受賞した。
Photo by John Gilbey
(本原稿は、ヘンリー・ジー著『超圧縮 地球生物全史』〈竹内薫訳〉への著者インタビューをまとめたものです)