世界では、特にアジアでは「男性が余っていて、結婚が難しい」と言われます。これは、出生時に男性が女性よりも多く生まれていることに起因します。この「出生性比の偏り」には、自然のバランス以外に、「意図的男児選好」という背景があるようです。2022年、世界人口は80億人を突破したと国連が発表しました。70億人からわずか11年、このまま人間が増えると、環境問題、食料問題をはじめ「地球は大丈夫なのか?」と懸念する声にあふれています。このアンバランスをどう考えればいいのでしょうか? 『米国防総省・人口統計コンサルタントの 人類超長期予測』(ジェニファー・D・シュバ著、ダイヤモンド社刊)を刊行したばかりの、世界の人口統計学の権威の見方を紹介します。(訳:栗木さつき)

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「多すぎる男たち問題」が生まれる理由

 家族計画に役立つテクノロジーが産むか産まないかの裁量権を人々にもたらす場合もあるが、そこにはダークサイドもある。アジアの「行方不明の女児(ミッシング・ガールズ)」問題は、男児選好とテクノロジーが衝突したときに何が起こるかをよく物語っている。妊娠を自然のコントロールにすべてまかせた場合、生まれてくる子は女児よりも男児のほうがわずかに多く、0~4歳の女児100人に対して、男児は103~106人ほどだ。ところが、そこに人間が介入すると、この比率は大きく崩れる。

 歴史を振り返ると、社会が女性よりも男性を好み、その選好に基づいて行動を起こすと、嬰児殺しや、女子の新生児の育児を放棄して死に至らせる例が見られた。そして、今日の異常な出生性比は、出生率の低下と、男児選好と女児嫌悪という基準の組み合わせによって生じている。つまり、ある家族が子どもを1人、または2人しかつくらない予定である場合は(高齢の両親の世話をするいちばんの担い手が息子とされる文化などがあれば)男子を好み、男児の子どもが生まれるようにできるかぎりの手立てを講ずるだろう。

 それを容易にしているのが、テクノロジーだ。超音波技術の出現によって、子宮内の胎児の性別がわかるようになったうえ、出生前検査ではわずか妊娠数週間の時点で、母親の血液から胎児の性別が判定できるようになっている。どちらの場合も、胎児が女児なら中絶されるおそれがあり、男児なら出産に至るのだ。

 中国の出生性比が偏っていることはよく知られている。その大きな理由は、一人っ子政策の観点から語られることで、男児選好がいっそう浮き彫りになったからだ。そしてこの偏った出生性比は、実際に問題を引き起こしている。中国の国勢調査における出生性比は、1982年の時点で女児100人に対する男子の割合が107・2、2000年には116・9、そして2010年には117・9になった。

 だが、出生性比が偏っているのは中国だけではない。アジアに限らず、この問題は東南ヨーロッパ、中東、アフリカにも及んでいる。2020年、出生性比が107以上の国には、セルビア、エストニア、スリナム、パプア・ニューギニア、キプロス、サモア、カザフスタンが含まれている。

 とはいえ、その国の過去と現在のデータを比較すれば、出生性比は標準へと近づいているようだ。今世紀初頭、アルメニアとアゼルバイジャンの出生性比は世界でもっとも高く、女子100人に対し117人の男子が生まれていたが、2020年、世界でもっとも高い出生性比は中国の113人に下がっている。

 ここで強調したいのは、私たちが目にする数字の大半は、国ごとに集計されたデータであるということだ。すなわち、その子がきょうだいの何番目であるのか、またその国のどの地方で生まれたのかによって、この比は大きく変わる場合がある。

 たとえば韓国では、1990年、第1子の出生性比は113・44で偏っているが、第3子以降は192・22という驚愕の偏りを見せている。中国では、2010年の全体の出生性比を見ると、都市部と農村部では顕著な差があり、都市部の出生性比は118・33、農村部では122・76だった。ここでも、きょうだいで何番目の子どもであるかが関係している。中国の都市部では第1子の出生性比が113・44だが、第2子では132・18、そして第3子以降(めずらしい)では175・35だった。

 こうした出生時の不均衡は、女性と男性の人口に著しい差を生み出す。1990年代以降、中国とインドの0~4歳までの乳幼児では、女児より男児の数がはるかに多い。さらに全体で見れば、男性は女性よりも7000万人多い(中国とインドの合計)。だが、いまのところその影響は、ほぼ年少者に限られている。7000万人の過剰な男性のうち、5000万人は20歳未満だからだ。

 そもそも、いったいなぜ、男女比の偏りが問題となるのだろう? この問題は、いくつかの観点から分析できる。学者のなかには、この問題を「多すぎる男たち」と呼ぶ者もいる。というのも、いま0~4歳の人たちはいずれ結婚適齢期を迎えることになるため、若い男性と女性の差はまだピークに達していないのだ。

 もっと楽観的な解釈のなかには、男性の数が多すぎるため、異性愛の男性は人生を共に進むパートナーを見つけられなくなり、「孤独が蔓延する」という説もある。中国のように、結婚するのが一人前になった証(あかし)だという暗黙の了解がある文化においては、偏った出生性比が今後、結婚適齢期を迎える人々に影響を及ぼし、社会に大きな影を落とすのではないかと不安視する報道も多い。

 このように結婚といった人間関係の問題を脇に置いても、偏った性比がもたらす結果については、もっと悲観的な解釈もある。性比の偏りが、ひいては暴力犯罪、人身売買、売春を生み、さらには内戦の引き金にもなりうると予測する学者もいるのである。