花王トップが目指す「メンバーの可能性」を引き出す経営とは

濱松 人的資本経営が注目されるなか、実際に企業経営の現場はどうなっているのでしょうか。花王株式会社で人的資本経営に取り組まれている澤田さんの志や覚悟を伺いたいと思います。

澤田道隆氏(以下澤田) 私は花王に入社してから研究一筋だったため、相反することを両立するという「両立への挑戦」を信条としてきました。そして社長に就任したとき、「極大化と極小化の両立」を目指そうと決めました。すなわち、会社の資産を無駄なく最大限に活用し、企業理念を実践しながら利益ある成長をもたらすと同時に、その実現を阻むリスクを極小化して危機まで至らせないことを目指したのです。攻めと守りの両立は非常に難しいことですので、私はずっと苦心してきました。

人的資本経営は、経営者だけの問題ではない。若手・中堅が今すぐ取り組むべき5つのこと澤田道隆(さわだ・みちたか)
花王株式会社 取締役会長
1981年、大阪大学大学院工学研究科プロセス工学専攻修士(博士前期)課程修了。同年、花王石鹸株式会社(現花王株式会社)に入社。素材開発研究所室長を経て、2003年サニタリー研究所長に着任。2006年執行役員に就任。2008年取締役に就任。2012年6月28日代表取締役社長執行役員に就任。2021年1月1日取締役会長に就任。一般社団法人日本衛生材料工業連合会会長、公益財団法人日本容器包装リサイクル協会代表理事理事長、日本経済団体連合会生活サービス委員長、クリーン・オーシャン・マテリアル・アライアンス(CLOMA)会長を務める。 Photo by Yoshiki SAKAZAKI

 極大化すべき最大の資産は、まさに今日のテーマである「人」です。とはいえ、人という資産の活用は簡単ではありません。まず、人は無限の可能性を秘めていることを正しく認識しなければならない。人を管理することがマネジメントではありません。可能性を見出し、気づき・気づかせ、持てる力を最大限発揮させる。これが人材マネジメントの本質です。そして「人を育てる」という上から目線の考え方ではなく、「人が育つのを支援する」という考え方に思考を変化させなければなりません。さらに、育った人の力を組織として最大化させられる配置・活用を実践することが大切です。今見えている顕在力から、まだ見えていない潜在力まですべて活用するべく支援する。この姿勢が人的資本経営の土台になると考えています。

 元来、私たちはずっと人を大切にしてきました。しかし、長期雇用を生かすよう仕組み化を進めるうちに「管理」する方向に傾きすぎてしまった。そして人の気持ちが見えなくなった。それが私たちの課題ではないかと考えています。改めて、人的資本すなわち人を大切にするよう進化的に回帰し、他国にはない日本らしい経営へと発展させるべきではないでしょうか。

 ここで重視すべきなのが、戦略性と多様性です。人へ戦略的に投資し、経営戦略と連動させる。これが、人的資本の土台となって企業を動かす力になるはずです。加えて、多様性のある人的資本活用を行うことも欠かせません。一部の「仕事ができる」人だけを生かすのではなく、すべての人の力を生かさなければなりません。たとえば、場を和ませることが得意な人や人脈づくりが得意な人など、一見仕事と直接結びつかないような力を持つ人がいますよね。そのような人を生かすために、全員一律の研修を行うのではなく、一人ひとりに合った人的投資を考えていく必要があるのです。

 経営戦略と人材戦略の連動性も重要です。一般的には、誰かが経営戦略を立てて組織化し、その組織に合う人を選ぶという流れになります。これは顕在力のみを生かした方法です。一方、社内から多くの選抜メンバーに集まってもらい、共に経営戦略を検討しグランドデザイン化する方法であれば、潜在力を生かせることになります。自分が考えたことなので、経営戦略は自分ごととして腹落ちしやすくなるうえ、やらされ感もなくがんばれる。花王では今、後者のやり方を戦略策定に取り入れています。結果はこれから出てくるでしょう。

 このような戦略策定の方法においてポイントとなるのは、いかにメンバーの可能性すなわち潜在力を引き出せるかと、262の法則を柔軟に捉えられるかという2点です。潜在力を高め、引き出し、生かすためのヒントは「信じて、任せる」「成果を求め、褒める・認める」「気づく力を向上させる」の3つ。たとえば、人は「失敗してもいいからがんばれ」と言われると、たいてい失敗します。だから「すべての力を出しきれ」と伝え、もしそれで失敗したときには次の舞台を用意してあげることが大切です。

 また私が運営する「Sawada Salon」では、多様な人の多様な議論の中から多くの気づきを得られるよう、私がファシリテーターを務めてフリーディスカッションを実施しています。262の法則は、2割の優秀な人、6割の普通の人、2割の貢献度の低い人が組織内に存在するというもの。これも、今後は全員の能力をポジティブな視点で掘り起こして活用できるよう、柔軟な考え方をしていく必要があると考えています。

 ここまでお話ししてきたことがどれだけ実現できているかというと、登山なら3合目程度だと体感しています。イメージはあるものの、できていないことは多い。それには2つの理由があります。1つは、現場のメンバーの受け取り方と私のイメージにギャップがあるためです。そのためには、対話が必要です。もう1つは、多様な可能性の評価が難しいためです。人的資産に関してKPIを作って開示するにも、まず評価できる仕組みを作らなければなりません。たとえば、心に火を灯した状態をどう評価するのか。そしてその火がどこまでパワーになっているのかといったことを評価するための軸の策定は、まだ道半ばです。