「強い個」として、自分自身を変革できる場所に身を置くことから始めよう

組織にとって都合のいい「伝書鳩」になっていないか?ミドルマネージャーを組織変革のキードライバーにするためのポイントとは藤野貴教(ふじの・たかのり)
株式会社働きごこち研究所、株式会社文殊の知恵 代表取締役
2007年「“働く”のこれからを考える」をコンセプトに、株式会社働きごこち研究所を設立。2015年から「テクノロジーの進化と人間の働き方の進化」を研究の中心領域にする。また、2006年(27歳)で東京を「卒業」。愛知県の田舎(西尾市幡豆町ハズフォルニア)で子育てをしながらのフルリモートワーク歴10年。2019年、パラレルワーカーだけの会社、文殊の知恵を設立。ある意味「有志活動みたいな会社」を運営。2020年よりONE JAPANミドル変革塾、女性リーダーシッププログラム BEYOND by ONE JAPANのファシリテーターを務めている。著書に、『2020年人工知能時代 僕たちの幸せな働き方』(かんき出版)。

藤野 ここまで、ミドルが取るべきアクションやあるべき姿勢について議論してきましたが、それを実現するためには具体的にどのような一歩を踏みだせばいいのでしょうか。

坂田 精神論になってしまいますが、現状への危機意識を再認識することが重要だと考えています。大企業とスタートアップに半分ずつ身を置いていた私は、危機意識や社会に対して提供価値を出していきたいという当事者としての心構えが足りていなかったと痛感しています。まずは、オープンイノベーションやカンファレンスに参加して刺激を受けたら、明日からの行動を見直す。さもなければ、一生「失われた数十年」を繰り返すことになりかねません。スタート地点とゴール地点を明確にし、危機意識を持って日々の業務に取り組んでいくことが必要ではないでしょうか。できないことを言い訳すればキリがないので、できるようになるために必要なトレーニングを積み重ねて、自分自身をアップデートしつづけましょう。

関灘 私は、「強い個」になることと「誰を応援してトップに据えるか」の2点をブレイクダウンして、日々の意識や行動に反映することが大切だと考えています。たとえば、「部長の認識や判断が正しくないと思っているがどうすべきか」という問いを持っている場合、その部長に影響を及ぼす人物を特定してコミュニケーションを図り、正しい認識や判断を持っていただけるようにする。時に、自分からではなく、他の人物からやんわりと伝えてもらうこともあってよい。これは、とある大企業のミドル層の方の実例です。

 この手段だけで足りないようなら、外部の力を借りることもあってもいいでしょう。目的・目標・期待成果の達成に向けて、ミドルとしてどの手段が最適解なのかに考えを巡らせ、日々の行動が取れる方は「強い個」であると思います。教科書に書かれているような「問題解決能力」「コミュニケーション能力」といったものも必要なることが多いでしょうが、目的・目標・期待成果の達成に必要な具体的な意識や行動が、皆さんの置かれた状況それぞれに存在するのではないかと思っています。

 自分自身が「強い個」であることに加えて、周囲にどれだけ貢献できるかも重要です。あるミドル層の方は、自身のポジションにチームメンバーを引き上げてほしいと上司に嘆願したそうです。自分がそのポジションにいることが、若い世代の可能性を潰すかもしれないから、と。メンバーを引き上げてもらえるなら異動も厭わない覚悟があったといいます。チームメンバーはこのリーダーを尊敬し、そのチームは仮にリーダーが不在でも機能できるほどに見えました。1人で戦うには限界がありますから、ミドルのときからこのような仲間づくりができているかどうかも大切ではないでしょうか。

分目 私はまず、実務において堅実に実績を積むことを意識してほしいと思います。そして周囲から「この人になら任せられる」と信頼を勝ち取る。これが大きな一歩につながるはずです。信頼されたうえで、自身のありたい姿ややりたいことを積極的に発信すると、周囲も応援してくれます。加えて、情勢を読み解きながらやりたいことを因数分解し、的確なタイミングで点火できるよう中期計画に入れること。これがミドルにできることであり、ぜひ実践してほしいことです。

 私自身、社内で変革を進める際には、知財部門の特徴と変革テーマを紐づけ、打ち手を12個に細分化しました。それをさらにフェーズに分けてプロットして説明したところ、大半を自部門の中期計画に組み込むことができました。大企業で中期計画に入った取り組みには、人員と予算を充ててもらえます。これが非常に大事なポイントです。おかげで今は専任者がつき、変革の一歩を進められています。

 ちなみに私は、自分のやりたいことをパワーポイントなどに書き出して整理し、30秒で人に伝えられるよう徹底的に練習しています。中期計画に組み込むためにはチャンスを逃さないことも大切ですので、アクションの書き出しと整理は試してみてほしいですね。

田中 ミドルと経営リーダーはまったく異なる生き物だと考えています。ミドルマネージャーとしての道を突き詰めた先に待っているのは、経営リーダーではなく優秀なミドルマネージャーです。ミドルマネージャーから経営リーダーにステップアップしたければ、強烈なアンラーニングや経験をもとに生まれ変わる必要があります。実務経験に勝る変革の機会はないというのが、研究の結果です。

 具体的に必要な経験は、5つに体系化できています。1つ目は、これまで経験したことがない新しいジョブにチャレンジすること。2つ目は、そこで非常に高いレベルの責任を負わされること。3つ目は、権限のないなかでチームをつくること。4つ目は、そこで多くのトラブルに遭うこと。5つ目は、それでも新しいことにチャレンジしたり変化を創造したりすること。端的に言えば、修羅場の経験ですね。

 こういった経験は、経営層から選ばれた人だけに与えられるものだと思うかもしれません。しかし組織にはまだまだ課題が数多く転がっています。要は、自分から火中の栗を拾いにいけるかどうかなんです。明確にジョブ化されていなくても、解決すれば組織のためになるだろうとか、成功するかどうかわからないヒリヒリする経験になりそうだと思ったら、自ら手をあげて任せてもらえないか打診する。これだけでも十分変われるはずです。

 火中の栗を拾いにいけば、すべてがうまくいかないでしょう。否が応でも孤独になれます。そこで深く内省し、自分の信念や譲れない価値観に気づき、それを軸にして自分を批判的に振り返ることができるようになる。そうすることで、ミドルマネージャーから経営人材へと視座が変容していくのです。生まれ変わりというと大袈裟に聞こえるかもしれませんが、それくらい別の生き物であるという前提から始めてほしいと思っています。

藤野 ミドルになってくると、自分はどう生きたいのかということを大まじめに考えることはもうしなくなってきます。それはなぜなのかをいつも私は疑問に思っています。田中さんからの示唆を受けて考えてみると、ミドルが取るべき行動の本質は、自分がどう生きるか自分自身で意思決定をすることだと思いました。最近、ミドルマネージャーの方々から「組織のエンゲージメントを上げるにはどうしたらいいか」という質問を多く受けるのですが、自分自身のライフエンゲージメントを高められていないのに、組織のエンゲージメントのことなんて考えられないと思うんです。

 自分で自分の人生を選ぶ。今ここで諦めるのではなく、自分自身をトランスフォームしていく。そのプロセスで起こっていることや感じていること、葛藤などをまじめに語れる仲間を持つ。これが、今のミドルに求められているのではないでしょうか。若手だけでなくミドルも、企業に対して「辞める・染まる」から「変える」にアップデートし、ライフエンゲージメントを高めながら企業に変革を起こしていってほしいと強く思います。

組織にとって都合のいい「伝書鳩」になっていないか?ミドルマネージャーを組織変革のキードライバーにするためのポイントとはセッション終了後の一コマ