「あの子は算数や理科が好きだから、将来は理系かな…」。そんなふうに考える親御さんも多いのではないだろうか。もちろんそれもひとつの考え方だが、そんな時、「経済学」という学問をのぞいてみてはどうだろう。『「家族の幸せ」の経済学』(光文社新書、第41回サントリー学芸賞受賞)などの著書があり、子育て支援や育休などの政策の分析を行う経済学者・山口慎太郎氏(東京大学教授)と『雷神と心が読めるヘンなタネ こどものためのゲーム理論』(2022年、第44回サントリー学芸賞を受賞)で小学生向けに自らの専門分野をテーマにした児童書を上梓した経済学者・鎌田雄一郎氏(カリフォルニア大学バークレー校准教授・東京大学大学院経済学研究科グローバルフェロー)に、将来学ぶ学問の選択肢を広げるための「学び」について、語っていただいた。
「学びたい」という気持ちを広げるための読書
山口慎太郎(以下、山口):大人でもそうですが、子どもは、自分が興味を持った勉強であれば熱心にやります。
とはいえ、多くのお子さんを持つ親御さんがご存じのとおり、親が思うように子どもを仕向けるなんてことはできません。
そういう意味で、鎌田さんが今年出された『雷神と心が読めるヘンなタネ』は、小学生でも、学問分野としての「ゲーム理論」に興味を持たせるような工夫がされていてとてもいいなと思いました。
小学4年生の息子は、くすくす笑いながら読んでいました。必ずしも内容を理解しきれたかはわかりませんが、面白がってはいる。
これから先も折に触れて読み返して理解していくというのもいいのではないかと思います。
東京大学大学院経済学研究科教授
慶應義塾大学大学院商学研究科修士課程修了。2006年、アメリカ・ウィスコンシン大学マディソン校にて経済学博士(Ph.D)取得。専門は、結婚・出産・子育てなどを経済学的手法で研究する「家族の経済学」と労働市場を分析する「労働経済学」。著書に『「家族の幸せ」の経済学』(光文社新書)、『子育て支援の経済学』(日本評論社)。
鎌田雄一郎(以下、鎌田):笑いながら読んでくれたというのは、とても嬉しいです。
おっしゃる通り、何度も読んでいくと、感じ方が変わっていくのではないかと思います。
小学生で読んで難しかったところが中学生になったらわかるようになるかもしれないし、小学生の時に読んで「当たり前」と思ったところが、大人になると「なんで?」と思うかもしれません。
山口:友だちどうしでこの本を読んで議論ができたらいいですよね。
100%ではないけれども、同じように理解している友だちと、何かがあった時に、ゲーム理論だったらどんなふうに考えるかなという議論が起こってくると面白いし、そういうきっかけになりうる本だなと思いました。
鎌田:そして、中学・高校となっていく中で、ゲーム理論的な考え方をもっと知ってみたいと思ったら『16歳からのはじめてのゲーム理論』などの中高生以上に向けた本も書いていますので、そちらも読んでもらえたら嬉しいです。
「算数が好きだから理系」ではない選択も
鎌田:僕が、いま自分の専門としている「ゲーム理論」を勉強するようになったのは、大学の学部3年生の時でした。
大学は理系で受験しましたし、当初は農学部に所属していて、全くゲーム理論とは違う学問を学んでいたんですよね。
たまたま空いているコマにとった授業がゲーム理論で、それがすごく面白かったので、大学院ではゲーム理論を研究しようとなって今に至ります。
ゲーム理論は、「社会のことを数学を使って分析する」学問なので、理系と文系の合わせ技のようなものなのですが、日本では経済学部で教えられていることが多く、経済学部は大学受験でいうと「文系」なんですよね。
実際は経済学は、かなり算数・数学を使う学問なんですけれどもね。
山口:ゲーム理論の場合は、算数好きというよりは、ある出来事が起きた時に、その流れの理屈を数式で表現できることに感動した人がハマるという感じかもしれません。
出来事を数式で表現できるというところは、私自身も初めてゲーム理論を学んだ時に驚いたところです。
鎌田:僕も、そこがゲーム理論に初めて触れた時に面白かったところですね。自分の身の回りのことも数式で表せるなんて思っていなかったので。
思い返すと自分が「理系」を選んだのは、もともと小学生の時から算数や理科が好きだったからでした。
1985年神奈川県生まれ。2007年東京大学農学部卒業、2012年ハーバード大学経済学博士課程修了(Ph.D.)。イェール大学ポスドク研究員、カリフォルニア大学バークレー校ハース経営大学院助教授を経て、テニュア(終身在職権)取得、現在同校准教授。2021年1月より東京大学経済学研究科Global Fellow。専門は、ゲーム理論、政治経済学、マーケットデザイン、マーケティング。著書に『ゲーム理論入門の入門』(岩波新書)、『16歳からのはじめてのゲーム理論』(ダイヤモンド社)、サントリー学芸賞受賞作『雷神と心が読めるヘンなタネ こどものためのゲーム理論』(河出書房新社)がある。
ただ、小学生が「算数が得意だから、自分を理系だと思う」というのは、自分の知っている知識だけで判断しているだけのことなんですよね。
僕自身、もしゲーム理論のことや経済学部で何をやるかということを知っていれば、大学に入る前からそういった学問を目指すこともあったかもしれないと思うのです。
でも知らなかったので当初は選択肢にならなかった。もちろん、ゲーム理論を知る前に大学でやっていた勉強を「しなくてよかったもの」とは思っていませんが、ゲーム理論を小学生の頃から知って取り組んでいたら、ちょっとだけ違った人生になったかもしれないと思う気持ちはあるんです。
将来の選択肢を増やすために大切なこと
それって、仕事の選択でも同じです。
つい親など、身近な人の職業から将来を描いてしまいがちだけれども、大人になると驚くほど多種多様な職種があることに気づかされます。
そういう多様な世界を小学生の頃から知っていたらもっと選択肢が広がっただろうと思うと、小学生の頃から、枠にとらわれず、色々な世界を見てほしいと思うのです。
そういったことに対して「ゲーム理論の専門家」である僕ができることは、「ゲーム理論」というものを子どもたちに伝えることかなと思っています。
ゲーム理論は、実際に研究するとなると、数式や記号もたくさん出てくるものなので、小学生が理解するのは難しいと思うのですが、数式を理解した結果わかる事柄は、我々が日常的に直面している問題に関することなので、小学生でもわかることも多いはずなんですよね。
でもそれを伝える人が今までいなかった。専門家であるからこそ、僕が伝えていきたいと思っています。
山口:小学生でも、学問の面白さに気づけると、勉強すること、学ぶことに貪欲になってもらえるのではないかなと思います。根っこの部分からなぜ学ぶことが大事なのか感じてほしいです。
ゲーム理論ふくめ経済学は、小学生にとって実は身近なものを扱っているので、大人が噛み砕いて説明すれば、本質的なアイデアは伝わるんですよね。
『雷神と心が読めるヘンなタネ』を読んで直ちに成績が上がるわけではないだろうけれど、小学生から経済学に触れておくことが決して早すぎるとも思いません。
日常の出来事の背景をより深く考えるヒントを手に入れられるはずです。学校や塾での勉強って、どんなふうに自分たちの日常とつながっているのか、わかりにくいですが、むしろこういう出会いや知識こそが、一生ものだと思います。(後編につづく)
(※本原稿は、2022年8月26日に行われたジュンク堂池袋本店主催のオンラインイベントを再構成したものです。)