時間と労力をかけて一点突破を目指す
――その後も次々に担当したアーティスト絢香やSuperflyがビッグセラーを記録したわけですが、マルチタスクをやめたからこそ実践できたヒットの法則があったのでしょうか?
四角 マルチタスクでやる仕事は、料理にたとえると平均的なおかずを並べた定食メニューのようなもの。同じような定食を作る人も山ほどいるので他との差別化がむずかしい。その点、一点突破を目指すシングルタスク式の仕事は創作料理に近いので、魅力や個性をアピールしやすいんですね。売るための労力も時間もすべてそのためだけに注ぐことができるし。
たとえばメール全盛期の当時、担当アーティストの歌を聴いてほしい人に、僕はよく手書きの手紙を書いていました。フィギュアスケートの安藤美姫ちゃんが低迷していたときは、大会前に応援歌のつもりで、名刺と手紙を添えて、生年月日が同じ絢香のデビュー曲「I believe」のCDを同封して送りました。
そしたらある日、本人から電話がかかってきて、送ったCDを聴いてくれていたんです。絢香とも仲良くなった美姫ちゃんは、約1年後に復活。世界フィギュア選手権で奇跡の優勝を遂げ、エキシビションで「I believe」に合わせて美しい演技を披露して世間を驚かせた。手紙を書いたとき、「いつか何かに繋がれば」という思いがまったくなかったわけではありません。でも純粋に、彼女と同じように苦労を重ねてきた絢香の歌を届けたい、自信を取り戻してほしい、という思いが強かったんですね。
これは一例で、こういうすぐ結果につながらない試みの1つ1つがメガヒットを生み出したケースはいくつもあります。とても非効率で、膨大な手間と時間を要するため、多くの人がやろうとしません。アーティスト1組に集中できていたことに加え、本で紹介しているタスク処理術を駆使して、多くのタスクを捨てて、残ったタスクを最速処理していたからこそ、こういったことに多くの時間を投資できたんです。
精神的なセーフティネットを持つ
――思い切ったメリハリ思考が実を結んだわけですね。「もしも仕事がうまくいかなくなったらどうしよう?」と不安になったことはなかったですか。
四角 僕は子どもの頃から魚釣りやキャンプが得意で、最小限の荷物で生活するノウハウを身につけていました。だから、「いざとなったら無料のキャンプ場で生きていける」という自信があったんです。魚は自分で釣れるから、周りの農家さんをお手伝いして米や野菜を分けてもらえば、最悪、無一文になっても生活できると。学生時代にそういうキャンプ場を見つけていて、そんな暮らしは実践済みでした。
単独行のバックパッキング登山を極めていたおかげで、強い自立心や環境変化への対応力も身に付きました。本書で公開した、余計なものを極限まで削ぎ落として生きる超ミニマル思考も、グラム単位で荷を軽くする登山が原点です。僕の場合、テントや釣り道具が入ったバックパック1つですが――「最低限これさえあれば生きていける」というミニマル思考と備えがあれば、会社をクビになることなんてまったく怖くなくなりますよ。
――なるほど。本で仕事装備として紹介されている、災害時にも活躍しそうな丈夫で軽い防水バッグ、世界最軽量財布、キャンプ用品、登山ウエアなどは参考になりました。バッグパックひとつでどこでも生きていけるって最強ですね。
四角 僕は人付き合いが大の苦手なので、最初から会社員としてやっていける自信がなかった。だから、入社した頃から、働かなくても生きていくための準備をはじめていました。これを自分では「精神的なセーフティーネット」と呼んでいます。
具体的には、魚が簡単に釣れて、虫が少なく畑の管理が容易なニュージーランドへの移住計画を立ててコツコツ貯金していました。生きる上で最低限必要な「衣食住」のうち「住」だけは買おうと決めていたからです。だからヒットメーカーとなってどんなに給料が上がっても生活レベルを上げず、「大学時代の月10万円+α」というミニマルな暮らしを続けていました。働き始めた当時、ニュージーランドでは、1500万円あれば湖畔に一軒家を買えたので、まずはこの金額を目標に働こうと決めたんです。
ソロキャンプができる人は強い
――すばらしい計画性と実行力ですね。日本ではこのところソロキャンプがブームなんですが、1人でキャンプ生活ができる人は精神的に強そうなイメージがあります。
四角 そうですね。山奥でソロキャンプができる人は、自分なりの精神的セーフティネットを構築する強さを身につけられると思います。僕はよく「なぜそんなにいろんなものを手放せるんですか?」と聞かれますけど、「これさえあれば大丈夫」という、自分にとっての「最小単位=ミニマル」がわかっているから、それ以外のものを失うことへの抵抗感がないんです。これこそが、4年がかりで書いた『超ミニマル主義』の根幹ですね。
ところが、日本で講演会やイベントで話をするとき、「これだけあれば生きていけるという条件はなんですか?」と参加者に聞くと、びっくりする答えが返ってきます。「1500万円以上の年収」「駐車場付きの都心の2LDK以上のマンション」とか(笑)。そのレベルを維持しようと思ったら、会社なんて嫌でも辞められないし必死で稼がなきゃいけないですよね。僕みたいに、やりたい仕事だけやらせてほしいと、リスクをとって上司に直訴することもできないでしょう。
極端だと思われるかもしれませんが、バックパック1つでも生きていけるくらいの覚悟とノウハウがあれば、余計な仕事も、ストレスフルな人間関係も、不要なモノも手放して、依存先を減らして生きることができるのです。
【第2回へ続く】
『超ミニマル主義』では、「手放し、効率化し、超集中」するための全技法を紹介しています。
執筆家・環境保護アンバサダー
1970年、大阪の外れで生まれ、自然児として育つ。91年、獨協大学英語科入学後、バックパッキング登山とバンライフの虜になる。95年、ひどい赤面症のままソニーミュージック入社。社会性も音楽知識もないダメ営業マンから、異端のプロデューサーになり、削ぎ落とす技法でミリオンヒット10回を記録。2010年、すべてをリセットしてニュージーランドに移住し、湖畔の森でサステナブルな自給自足ライフを営む。年の数ヵ月を移動生活に費やし、65ヵ国を訪れる。19年、約10年ぶりのリセットを敢行。CO2排出を省みて移動生活を中断。会社役員、プロデュース、連載など仕事の大半を手放し、自著の執筆、環境活動に専念する。21年、第一子誕生を受けて、ミニマル仕事術をさらに極め――週3日・午前中だけ働く――育児のための超時短ワークスタイルを実践。著書に、『自由であり続けるために 20代で捨てるべき50のこと』(サンクチュアリ出版)、『人生やらなくていいリスト』(講談社)、『モバイルボヘミアン』(本田直之氏と共著、ライツ社)、『バックパッキング登山入門』(エイ出版社)など。