液晶ビジネスの利害関係者があまりにも多かった
こうした状況下で、シャープは早急な大改革の必要に迫られた。それにもかかわらず、シャープの経営陣は大改革を行うことなく、抜本的な構造改革を避け、コスト削減政策を行なって対処しようとした。このようなシャープの経営陣は、無知で非合理的だったのだろうか。
当時のシャープの経営陣にとって、大変革を行うことはおそらく合理的ではなかった。というのも当時、大改革を進めるには、液晶ビジネスに多大なメリットを得ていた利害関係者があまりにも多かったからである。つまり、液晶ビジネスを推進してきた人々、液晶ビジネスにかかわる多くの関連会社や販売会社が存在し、彼らを説得する必要があり、その交渉取引コストはあまりに大きかったからである。
そして、何よりも液晶ビジネスの大成功で昇進した経営陣にとって、自己否定するコストはあまりにも高かった。
それゆえ、これらの取引コストを考慮すると、液晶事業の抜本的な変革を行うことなく、「黒い空気」の中であえて液晶ビジネスを維持しつつ、希望退職や賃上げ抑制などのコスト削減政策を中心に遂次的に改善を図り、時間稼ぎを行うことは、当時の経営陣にとっては、合理的な政策だったのである。
しかし、その後も事態は好転しなかった。むしろ悪化した。当時、経営陣は現状を脱するために抜本的な構造改革を断行し、安定した収益基盤を確立すると何度も公言していた。しかし、結局、経営陣は不条理な「黒い空気」に支配され、抜本的な改革を行うことなく、ひたすら人員削減と本社ビル売却などのコスト削減政策を継続的に行なった。
さらに、その後も事態は悪化し続け、シャープは大改革を行うことなく、不条理な「黒い空気」に支配され、ひたすらコスト削減政策を続けた。こうして、伝統あるシャープは自力で立ち直れず、最終的に台湾の鴻海(ホンハイ)に買収されることになった。
このような、大改革を遂行しないシャープ経営陣の行動は、一見、無知で非合理的で馬鹿げているようにみえる。しかし、経営陣にとって、大変革が生み出す膨大な取引コストを考慮すると、大変革よりもあえて非効率的な現状を維持しつつ遂次的にコスト削減政策を続ける方が合理的だったのである。つまり、シャープは不条理な「黒い空気」に支配されて合理的に失敗したのである。