レナウンの失敗と「黒い空気」
菊澤研宗 著
定価1155円
1902年創業の老舗レナウンも不条理な「黒い空気」に支配されて合理的に失敗した企業の一つである。戦前からアパレル産業のトップリーダーであったレナウンは、戦後も順調に売上を伸ばし、1990年代には世界最大級のファッション企業となった。
その成功体験に、レナウンの経営陣の気が緩み、努力を怠ってきたわけではない。むしろ逆である。経営陣は、その後も絶えず努力していた。
レナウンが固執していた成功的な事業パラダイムは、百貨店やショッピングモールを中心とする販売戦略であった。オーダー、イージーオーダーが主流であった時代に、レナウンは既製服を投入し、百貨店、量販店、町の洋品店まで販路を拡大させ、高いシェアを獲得した。この事業パラダイムのもとに絶えず努力し続け、百貨店での存在感を高めていった。
そして、90年代になっても、千葉県習志野市に250億円をかけて超大型物流センターを建設し、百貨店や量販店志向の成功パラダイムに固執していたのである。
ところが、90年代半ば、インターネット時代がやってくると、百貨店やショッピングモールの存在意義が急速に薄れはじめた。すでにeコマースの時代が来ていたのである。それをいち早く察知した他の企業は、自社の店舗とウェブサイトで商品を販売しはじめていた。
だが、レナウンは百貨店やショッピングモールを基礎とした販売戦略にこだわっていた。というのも、その成功パラダイムの中で育ち、それを精緻化し、それに投資してきた人々が既存の成功パラダイムを自己変革することは困難だった。変革するための取引コストは、あまりにも高かったのである。
こうして、レナウンのリーダーたちはパラダイム変革に伴う多大な取引コストを避け、既存の事業パラダイムがもはや環境に適応しないことを知りつつも、あえて合理的にそれに固執した。まさに、レナウンは不条理な「黒い空気」に支配されつつ活動を続けていた。
しかし、新型コロナ禍により、販売先の中心であった百貨店の休業が相次ぎ、結局、レナウンは経営破綻に追い込まれたのである。
以上のように、現代の日本でも不条理な「黒い空気」に支配され、合理的な失敗事例を見出せる。日本人固有の密な人間関係の中で発生する取引コストを忖度し、そのコストも含めて合理的に行われる損得計算が、実は失敗の原因になっているように考えるほかないのである。