首都圏模試センターの発表によると、2022年の首都圏私立・国立中学入試の受験者総数は推定5万1100人と昨年から1050名増加し、過去最多を記録しました。公立中高一貫校受検者は1万8106名で、合わせると、昨年は実に首都圏の小学生の4.71人に1人が中学受験(受検)をしたことになります。この記事を読んでいる方の中にも、我が子を受験させるか否か悩んでいる保護者も多いのではないでしょうか。
新刊『子どもが「学びたくなる」育て方』の著者であり、徹底した少人数制授業で「対話」を重視して多くの塾生を志望校に進学させてきた「知窓学舎」塾長の矢萩邦彦氏が、中学受験「する・しない」のわかりやすい決め方をお伝えします。(構成/編集部・今野良介 初出:2023年1月4日)

中学受験の目的は二極化していく

2020年入試が終わった頃から、日本社会はどんどんコロナショックの渦に巻き込まれていきました。図らずも、次世代教育のテーマである「模範解答のない問いに向き合える力」が試される状況になってしまったわけです。

そして、雇用や経営の不安などが話題になるなか、中学受験に挑戦するマインドも少なからず変化しています。

私は、今後、中学受験の目的は「二極化」すると考えています。

コロナショックを受けて、「どんなに社会が変わろうと対応できる力が本当に必要だ」という考えがより強くなる一方で、「社会が不安定だからこそ安定した大手に就職が一番安全」という従来型の思考に戻る保護者も増えることが予想できます

親も学校も、従来型の安定志向か、探究的なチャレンジ思考か、2つの傾向により明確に分かれていくということです。

また、最近企業の役員や人事担当者の話を聞くと、

「知識や資格は採用には関係ない。入社してから学ぶ力がある人に来てほしい」
「ルールを把握したうえでマニュアルにないことにも臨機応変に対応できる柔軟さを求めている」

という声が多くなっています。

そのような力を身につけるためにどうしたらよいかを考える時期になったということです。

中学受験「する」「しない」の決め方

安定志向にせよ探究へのチャレンジにせよ、中学受験を「する」「しない」は、どのように決めるのがよいのでしょうか。

詳しくは拙著に書いたので割愛しますが、まずは子どもとの「対話」を大切にすること。

そして、中学受験とは「つらい勉強をして乗り越えるもの」ではなく、「より相性のいい居心地のいい場所を選ぶための選択肢を得るもの」という共通認識を親子で持つことをおすすめします。

本人が受験に前向きかどうかは、最も重要な判断基準です。子どもは少ない情報や一時の感情で瞬発的に判断することも多く、コロコロと意見が変わったりもします。それでも対話を重ねれば、真剣さや価値観、目指したい方向性を感じ取ることができるはずです。

子どもの「興味がある」「やってみたい」という気持ちが出発点になっていることが大切で、親の押し付けや周囲のプレッシャーで受験を選択することは絶対に避けるべきです。

わが子を中学受験「させる」or「させない」納得の決め方【書籍オンライン編集部セレクション】子どもは親の所有物ではない。 Photo: Adobe Stock

中学受験に前向きなマインドを子どもから引き出すには、子どもの今の状況にマッチした声かけが必要です。「公立校が合わなそう」「学校の勉強が物足りなさそう」「丁寧にケアしてくれる環境がよさそう」など、受験を考えるきっかけは人それぞれです。

なぜ中学受験が「よりよい居場所の選択肢」になるのかも、親子の対話で確認してみてください。

「中学受験ってどう思う?」といきなり始めるのではなく、最初はこのように問いかけることから始めてみてはどうでしょう。

「もし今の小学校ではなくて、別の小学校に通っていたらどうだったと思う?」
「受験すると、校舎や友達や先生を選ぶこともできるんだよ」
「どこの学校に行くかで、出会う人や過ごす場所が変わるよね。どう思う?」
「もっと自分に合う場所があるかどうか探してみない?」

つまり、子ども自身が「自分が居心地よいと感じられるのはどんな環境か?」を考える機会にするのです。

自分の思いに気づき、整理できれば、「中学受験で自分に合う選択肢を増やし、自分で選ぶことができる」と気づける可能性が高まります。そのような対話を繰り返す中で、中学受験への主体的なマインドが生まれるのです。

また、考えた結果、なじんだ友達環境を望むなどの本人の意思が確認できたなら、そのまま公立へ進学する選択でも、まったく問題ありません。

高校受験の方が精神年齢も上がり、よりリアルな選択ができるかも知れません。(了)

矢萩邦彦(やはぎ・くにひこ)
「知窓学舎」塾長、実践教育ジャーナリスト、多摩大学大学院客員教授、株式会社スタディオアフタモード代表取締役CEO
一児の父。親の強い希望で中学受験をしたものの学校の価値観と合わず不登校になり、学歴主義の教育に強い疑問を抱えて育つ。1995年、阪神・淡路大震災の翌日に死者数で賭け事をしている同級生を見てショックを受け、教育者の道を歩み始める。大手予備校で中学受験の講師として10年以上勤め、2014年「すべての学習に教養と哲学を」をコンセプトに「探究×受験」を実践する統合型学習塾「知窓学舎」を創設。教師と生徒が対話する授業、詰め込まない・追い込まない学びにこだわり、「探究型学習」の先駆者として2万人を超える生徒を直接指導してきた。
受験を通して「学ぶ楽しさ」を発見することを目指して、子どもが主体的に学ぶ姿勢をとことんサポート。ライブパフォーマンスのように即興で流れを編集するユニークな授業は生徒だけでなく親も魅了する。多くの受験生を志望校進学に導き、保護者からの信頼も厚い。新しい教育を実践しようとする教師・学校からの相談も殺到し、多数の教育現場で出張授業、研修、監修顧問、アドバイザーなどを兼務。生徒たちに偏差値や学歴にとらわれない世界の見方を伝えるため、自身の学歴を非公開としている。
「子どもと社会をつなぐことのできる教育者」を理想として幅広く活動。住まいづくりや旅づくりの研究と監修、シンガーソングライター、カメラマンなどアートの領域から、ロンドンパラリンピック、ソチパラリンピックにジャーナリストとして公式派遣されるなど、一つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を探究。独自の活動スタイルについて編集工学の提唱者・松岡正剛氏より「アルスコンビネーター」の称号を受ける。「Yahoo!ニュース」個人オーサー・公式コメンテーター。LEGO® SERIOUS PLAY®メソッドと教材活用トレーニング修了認定ファシリテーター。キャリアコンサルティング技能士(2級)。Learnnet Edge『自由への教養』探究ナビゲーター・カリキュラムマネージャー。常翔学園中学校・高等学校 STEAM特任講師。聖学院中学校・高等学校 学習プログラムデザイナー。文部科学省「マイスター・ハイスクール」伴走支援事業スーパーバイザー。2022年10月、初の単著『子どもが「学びたくなる」育て方』を上梓。