「人種・民族に関する問題は根深い…」。コロナ禍で起こった人種差別反対デモを見てそう感じた人が多かっただろう。差別や戦争、政治、経済など、実は世界で起こっている問題の“根っこ”には民族問題があることが多い。芸術や文化にも“民族”を扱ったものは非常に多く、もはやビジネスパーソンの必須教養と言ってもいいだろう。本連載では、世界96ヵ国で学んだ元外交官・山中俊之氏による著書、『ビジネスエリートの必須教養「世界の民族」超入門』(ダイヤモンド社)の内容から、多様性・SDGs時代の世界の常識をお伝えしていく。
唯一独立を維持した国・エチオピア
アフリカの主要な国をピックアップする際、真っ先に取り上げたいのは、北東にあるエチオピア。
列強の植民地支配時代において、アフリカで唯一独立を維持した国です。
旧約聖書にも登場する歴史ある国で、アフリカ連合の拠点がある首都アディスアベバは歴史的な建造物が多く残る美しい街並みです。
日本の天皇家のように代々続いているわけではありませんが、かつては皇帝もいて、1930年代にはエチオピアの皇族と日本の華族の間に縁談もあったようです。
結局、結婚にはいたりませんでしたが、日系エチオピア人が皇帝になっていたかもしれません……と、のどかな話で終わればいいのですが、こと民族となるとエチオピアは多くの問題を抱え、今も揺れています。
アフリカ最古の国家、
エチオピアの抱える民族問題
1億人を超える人口を持つエチオピアには80以上の民族がいますが、多数派は35%近くを占める「オロモ族」と約30%を占める「アムハラ族」。
エチオピアでアムハラ語が使われているのは、紀元前から1974年の軍事クーデターまで、長い間アムハラ族がこの地の支配的民族だったからでしょう。
オロモ族はエチオピアの多数派ですが、16世紀頃にエチオピアにやってきて、農作や放牧をしながら暮らしてきました。
アムハラ族の支配はオロモの流入で一時弱まりますが、再びアムハラ族が支配者となり、オロモはそれに従いました。
オロモ語は今も使われていますが、もともと文字を持たなかったため、アムハラ語に一歩譲る形です。
こうしてアムハラ族による支配が続いたエチオピアですが、1975年に軍事独裁政権による社会主義国となります。
どんな民族にとっても軍部の独裁政治は心地良いはずがなく、エチオピア人民解放戦線によるクーデターが起きます。
「数が多く、長年従属してきたオロモ族がついに立ち上がった!」
シンプルな映画ならそんなストーリーになりそうですが、現実世界で人民解放戦線のリーダーとなったのは「ティグレ族」。現在も6%しかいない少数民族ですが、軍事に優れていたのです。
ティグレ族が政権を取ると、民族ごとの政党が連合する政治となり、90年代からは民族ごとの自治州ができました。
オロモ族出身のリーダー・アビィ首相
「いやいや、民族ごとの自治なんていわず、一つのエチオピアを目指そう」
この融和政策を掲げて2018年に国のトップとなったのが、ノーベル平和賞受賞者として知られるアビィ首相。エチオピア初となるオロモ族出身のリーダーです。
ティグレ族は民族自治を掲げたものの、実質的にはティグレ・ファーストの国であり、2016年のリオ五輪でマラソン男子銀メダルを獲得したエチオピア代表フェイサ・リレサ選手は、手錠をかけられるポーズでゴールしてティグレ族の政権に抗議しました。
オロモ族の彼が帰国を果たしたのは、アビィ首相が就任した2018年です。
アビィ首相に対して同じ民族であるオロモの人々の期待が大きいのは当然ですが、彼はエチオピアの民族対立を緩和しようと尽力した政治家でもあります。
しかし、今まで国を仕切ってきたティグレ族にとっては、国の融和よりも自分たちの既得権益のほうがはるかに大切。ティグレ人民解放戦線を作ってアビィ政権に牙を剝きます。
2020年には政府軍がティグレに攻撃命令を出し、数百人もの死傷者を出す軍事衝突が起きてしまいました。
私の研究室には「オロモ族の元国会議員」という経歴を持つ留学生がかつていましたが、民族紛争の報道が流れるたびに、深く落ち込んでいました。
政府が軍事介入したことで、「首相はノーベル平和賞受賞者なのになぜ軍を動かしたのか?」と国際社会は驚きましたが、これは長年にわたる民族の紛争が復活しただけのように思えます。
ちなみにアヴィ首相は、隣国エリトリアとの和平実現でノーベル賞を受賞していますが、逆にいえばそれほどエチオピアとエリトリアは長年にわたって揉めていたということ。
エリトリアはオスマン帝国、イタリア、イギリスの支配を受けてきて、1962年にエチオピアになったものの、大揉めに揉めて独立し、独立した後も国境紛争が頻発しているという微妙な関係のお隣さんです。
隣国とのトラブルとエチオピア国内の民族問題、他国の干渉が交錯する状況は今も変わらず、どの民族が政権を握るかでエチオピアはまた大きく揺れる可能性があります。
また、エチオピアは広い国土と豊富な労働力を生かして製造業を伸ばそうと、盛んに中国企業を誘致しています。
外国企業の投資を呼び込み、雇用を増やす政策ですが、民族紛争のシビアさが障害になっている点では、ミャンマーにも似ているかもしれません。