この世のありとあらゆる嘘を分解し、その功罪を明かす『ぼくらは嘘でつながっている。』という本があります。著者で元NHKディレクターでもある小説家の浅生鴨氏に、「なんでわざわざフィクションを書くのか」という禁断の質問に答えてもらいました。(構成・撮影/編集部・今野良介)
伝えたい情報だけを的確に伝える方法
僕は物語をつくるのが仕事です。嘘を書いて生活しています。
嘘のいいところはものごとを単純にできることです。逆に言えば単純でなければ人は嘘を理解してくれません。そして単純だからこそ、そこには真実が存在しやすくなるのです。
僕がそう書いたとき、そこにはそれ以外の情報がありません。読者はそのわずかな言葉から、それぞれ頭の中に映像を創り出し、体験として記憶します。つまり読者にとっての「真実」です。
僕は僕の思い描く絵を、そうやって読者の頭に描いていきます。
なぜそんなことができるのか。それは僕があらかじめ、僕に見えた世界を単純なものに分解して、受け取りやすくしているからです。僕なりの解釈に置き換えているからです。
伝えたい情報だけを的確に伝えるのがフィクションです。単純に浜辺と言っても、砂の模様は場所によって違うだろうし、風の吹き方もどんどん変わります。遠くに見える船は動いているし、太陽も流れている雲もどんどん位置を変えていきます。そのすべてがフィクションの世界における「事実」です。
ですが、もしも僕が「事実」をそのまま描けば、おそらく誰もその物語を受け取ろうとはしないでしょう。僕たちは嘘しか受け入れることができないのですから。
それ以前に僕には世界のすべてを書くことができません。時間も紙も有限ですから、無限の事実を並べるなど不可能です。
読者が事実の断片を自分で集めて解釈し直す手間を省き、その代わりに伝えたい情報や感覚を届けるのがフィクションなのだろうと思います。
人は誰もが、この世界を自分なりの嘘にして把握します。現実世界には無限に事実がありますから、僕の解釈と他の人の解釈が一致することはほとんどありません。けれども、事実の数を絞ってやれば、多くの人が同じように解釈をして、同じように世界を認識します。
お互いが同じ世界を見るために事実を絞って単純にすること。それがフィクションという嘘なのです。
嘘にはお互いの対立を避け、相手の感情と行動をコントロールする機能もあります。本当に思っていることを言えば、場合によっては相手の感情を傷つけたり、時には敵対したりもするでしょう。
けれども、どうしても伝えなければならないこと、伝えたいことがあるとしたら。この世界に対して、この世界で共に生きる人たちに知って欲しいことがあるとしたら。
事実を口にせずに、本当に思っていることを言わずに、それでも、僕にとっての「本当のこと」を伝える。僕だけが知っている「本当のこと」を伝える。それが物語という嘘を紡ぐ作業なのだと僕は考えています。そうやって生み出される物語は紛れもない嘘です。けれども、僕にとっては何にも代えがたい真実なのです。
表現とはアウトプットだと思われがちですが、嘘を創り出す作業自体が表現なのです。(了)
1971年、兵庫県生まれ。作家、広告プランナー。出版社「ネコノス」創業者。早稲田大学第二文学部除籍。中学時代から1日1冊の読書を社会人になるまで続ける。ゲーム、音楽、イベント運営、IT、音響照明、映像制作、デザイン、広告など多業界を渡り歩く。31歳の時、バイクに乗っていた時に大型トラックと接触。三次救急で病院に運ばれ10日間意識不明で生死を彷徨う大事故に遭うが、一命を取りとめる。「あれから先はおまけの人生。死にそうになるのは淋しかったから、生きている間は楽しく過ごしたい」と話す。リハビリを経てNHKに入局。制作局のディレクターとして「週刊こどもニュース」「ハートネットTV」「NHKスペシャル」など、福祉・報道系の番組制作に多数携わる。広報局に異動し、2009年に開設したツイッター「@NHK_PR」が公式アカウントらしからぬ「ユルい」ツイートで人気を呼び、60万人以上のフォロワーを集め「中の人1号」として話題になる。2013年に初の短編小説「エビくん」を「群像」で発表。2014年NHKを退職。現在は執筆活動を中心に自社での出版・同人誌制作、広告やテレビ番組の企画・制作・演出などを手がける。著書に『伴走者』(講談社)、『アグニオン』(新潮社)、『だから僕は、ググらない。』(大和出版)、『どこでもない場所』『すべては一度きり』(以上、左右社)など多数。元ラグビー選手。福島の山を保有。声優としてドラマに参加。満席の日本青年館でライブ経験あり。キューバへ訪れた際にスパイ容疑をかけられ拘束。一時期油田を所有していた。座間から都内まで10時間近く徒歩で移動し打合せに遅刻。筒井康隆と岡崎体育とえび満月がわりと好き。2021年10月から短篇小説を週に2本「note」で発表する狂気の連載を続ける。