「すべての悩みは対人関係の悩みである」と言ったのは、精神科医・心理学者のアルフレッド・アドラー。一方、「嘘を交換することでしか人間はコミュニケーションを図れない」と主張するのが『ぼくらは嘘でつながっている。』という本です。著者で作家の浅生鴨氏が、逃れられない対人関係の悩みから解放されるための「ある考え方」を伝えます。(構成:編集部/今野良介)

対人関係の悩みを打ち消す「嘘」の使い方Photo: Adobe Stock

朝起きてから寝るまでの間に、僕たちは必ず何度も嘘をつき、また嘘をつかれますが、赤ちゃんは嘘をつきません。

言ってみれば、赤ちゃんはまだ人間になりきっていないのです。

成長して二、三歳になり、ある程度言葉を使いこなせるようになると、ようやく嘘が始まります。おやつが欲しかったり、叱られたくなかったり、親を喜ばせようとしたり、いろいろな理由から嘘をついて利益を得ようとし始めます。そうやって少しずつ、自分の世界をつくっているのでしょう。

生まれたときにはまだ何の物語も持っていなかった僕たちは、成長するにしたがって、しだいに自分なりの物語で世界を認識するようになります。

よくポジティブ思考の人、ネガティブ思考の人なんて言い方をしますが、それはどんなふうに世界を認識しているかの差でしかありません。思考の差ではなく、世界をどう捉えているかの違いなのです。

日々取り込んでいる現実世界が、上手く自分の物語に合わせられる人、フィットする人は現実世界の中でもポジティブに振る舞えるでしょうし、世界を認識するたびに自分の物語との齟齬を感じて、毎回のように改変に苦労したり、ときには自分の世界を再構築しなければならない人は、現実世界をやや生きづらい場所と感じているでしょう。

あらゆるものは、それをどう僕たち自身が認識しているのかで変わります。

人間関係も同じです。人間関係に悩んでいる人は、つい自分や相手に何かの問題があると考えてしまいがちです。

ですが本当の問題は自分にも相手にもありません。お互いの関係にあるのです。お互いがそれぞれ相手をどのように捉えているのか、その嘘のつき方、嘘の受け取り方に問題があるだけで、けっしてどちらかに非があるわけではないのです。

誰もが嘘をついている。そう考えるだけで、ほとんどの人間関係の悩みは消えていきます。

なぜあなたの嘘と相手の嘘は違うのか。どうして相手はそんな嘘をつくのか。その理由を丁寧に考えることが人間関係をより良いものにするための近道なのです。

自分の世界が完全に固定されている人は、いくら新しい事実の断片を取り込んでも、強引に自分の物語に変えてしまいがちです。スポーツの熱狂的なファンや特定の政党を支持する支援者などは、そうした傾向になりがちです。もともと自分が持っている世界を変えようとしないのです。

ですが物語は変えられます。

解像度を上げることで、知識を得ることで、別の嘘を取り込むことで、いくらでも変えていくことができます。

自分の物語が変われば世界の見え方も変わり、人間関係も変わります。相手の嘘を、自分とは異なる真実をどう捉えるのかが変わるのです。

そうやって互いの嘘を共有すること。それが人と人とのつながりを生み出します。頑なに自分の嘘に閉じこもり、相手の嘘を受け入れずにいれば、そこに人間関係は生まれません。

嘘を上手く使い、お互いに嘘を交換することでしか、僕たちはコミュニケーションを図れません。

人間関係が上手くいかずに悩んでいる人は、自分も相手も嘘つきなのだと考えていないだけです。嘘の潤滑油を使わずに直接つながろうとしているのです。

けれども、僕たちはけっしてお互いに理解することのできない、別の世界に生きています。直接つながることはできません。

だから無理をせず、気楽にいろいろな嘘をつくべきなのです。そうすれば人間関係は変化していくはずです。(了)

浅生鴨(あそう・かも)
1971年、兵庫県生まれ。作家、広告プランナー。出版社「ネコノス」創業者。早稲田大学第二文学部除籍。中学時代から1日1冊の読書を社会人になるまで続ける。ゲーム、音楽、イベント運営、IT、音響照明、映像制作、デザイン、広告など多業界を渡り歩く。31歳の時、バイクに乗っていた時に大型トラックと接触。三次救急で病院に運ばれ10日間意識不明で生死を彷徨う大事故に遭うが、一命を取りとめる。「あれから先はおまけの人生。死にそうになるのは淋しかったから、生きている間は楽しく過ごしたい」と話す。リハビリを経てNHKに入局。制作局のディレクターとして「週刊こどもニュース」「ハートネットTV」「NHKスペシャル」など、福祉・報道系の番組制作に多数携わる。広報局に異動し、2009年に開設したツイッター「@NHK_PR」が公式アカウントらしからぬ「ユルい」ツイートで人気を呼び、60万人以上のフォロワーを集め「中の人1号」として話題になる。2013年に初の短編小説「エビくん」を「群像」で発表。2014年NHKを退職。現在は執筆活動を中心に自社での出版・同人誌制作、広告やテレビ番組の企画・制作・演出などを手がける。著書に『伴走者』(講談社)、『アグニオン』(新潮社)、『だから僕は、ググらない。』(大和出版)、『どこでもない場所』『すべては一度きり』(以上、左右社)など多数。元ラグビー選手。福島の山を保有。声優としてドラマに参加。満席の日本青年館でライブ経験あり。キューバへ訪れた際にスパイ容疑をかけられ拘束。一時期油田を所有していた。座間から都内まで10時間近く徒歩で移動し打合せに遅刻。筒井康隆と岡崎体育とえび満月がわりと好き。2021年10月から短篇小説を週に2本「note」で発表する狂気の連載を続ける。