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今や6年連続で人口増加率1位となった千葉県の流山市。『母になるなら、流山市。』というフレーズも有名になっている。実はその流山市には自治体にもかかわらず「マーケティング課」がある。何をやる課なのか?人口増加にどのように貢献したのか?井崎義治市長の狙いや現場の奮闘を紹介する。※本稿は、大西康之『流山がすごい』(新潮新書)の一部を抜粋・編集したものです。
猛反発を受けた「マーケティング課」
SWOT分析からスタート
流山市には日本の自治体で唯一の「マーケティング課」がある。井崎の肝煎りで作られた「流山の可能性を引き出す街づくり」の実働部隊だ。
2003年5月に市長に就任した井崎はまず流山市をSWOT分析した。SWOT分析とは、マーケティングの一つで組織や個人を「強み(Strengths)、弱み(Weaknesses)、機会(Opportunities)、脅威(Threats)」の四つのカテゴリーで要因分析し経営資源を最適活用する手法である。
・流山の強みをどう活かすか?
・流山の弱みをどう克服するか?
・どのように機会を利用するか?
・どのように脅威を取り除くか?
こうやって問を立てれば、何をすべきかが見えてくる。流山の強みとは、例えば都心に比べて自然が豊かなこと。弱みとは、街としての知名度が低くブランド力がないこと。最大の機会はつくばエクスプレスが開通して都心との距離が縮まること。脅威は少子高齢化による財政危機と沿線都市との競合だ。
井崎はまず流山市の知名度を上げようと考えた。
そのために必要なのがマーケティングだ。準備段階として2003年にマーケティング室を立ち上げた。
はじめ、市役所の職員たちは「マーケティング」という言葉に猛反発した。
「行政がこんなことをしてよいのか」
「何ということを自治体が始めるんだ」
古手の職員はこう言って憤った。稟議が2カ月間も止まっていたこともあった。
「こんなものやらせてたまるか」というわけだ。「マーケティング=金儲け」というのが当時の職員たちの一般的な理解であり、ほとんどの職員が「自分たちは市民のために働く公僕であり、金儲けなどとんでもない」と誤解していた。もちろんマーケティングをしっかりやると利益が出たりもするのだが、マーケティングの本来の狙いは顧客サービスである。経営学の泰斗、ピーター・ドラッカーはこう言っている。
“実のところ、販売とマーケティングは逆である。同じ意味でないことはもちろん、補い合う部分さえない。もちろん何らかの販売は必要である。だが、マーケティングの理想は、販売を不要にすることである。マーケティングが目指すものは、顧客を理解し、製品とサービスを顧客に合わせ、おのずから売れるようにすることである。”
これは企業活動を念頭に置いた言葉だが、「顧客」を「市民」と読み替えれば、マーケティングとは「市民を理解し、行政サービスを市民に合わせ、自ずから利用されるようにすること」となる。市民を理解し、押し付けなくても利用される行政サービスを提供している自治体には顧客=市民が集まる。
マーケティング課を立ち上げる準備の段階で、職員が用意したマーケティング課の所掌事務は、「企業誘致」になっていた。旧態依然の考えから抜け出せない職員たちの意識を変えるため、井崎自身が講師となり「マーケティングとは何か」を理解するための勉強会を半年間続けた。
2004年に発足したマーケティング課の課長は民間から公募した。井崎は採用にあたり「打たれ強いこと」を最大の条件にした。市役所内の反発のすさまじさが想像できたからである。
初代マーケティング課長に就任したのは埼玉県坂戸市在住で、外資系企業の社長経験もある51歳の男性。任期は2年、最長5年とした。民間人を職員として期間採用するのは千葉県でも初の試みだった。
井崎は初代マーケティング課長にこう言った。
「何があっても打ち勝つつもりでやってほしい」
マーケティングの基本は誰に何を訴えるかである。「公平」を前提にする自治体運営ではこれがなかなか難しい。「誰に」とターゲットを絞った段階で、それ以外の人々が対象から外れるからだ。
財源が無制限にあるのなら「市民の皆様」がターゲットでも良いだろう。だが財源には限りがあり、皆様のために広く薄く使ったのでは結局、何もしていないのと同じことになってしまう。井崎は言う。
「マーケティングがないと、起きた問題に対処するだけになります。陥没してから道路を直す。これは『対策』。設計強度や交通量といったデータをもとに陥没を予測して事前に整備する。これが『政策』だと考えます」
道路の陥没という同じ事象でも、対策より政策の方が社会的損失が少なく、かかるコストも安くなる。データを駆使して5年後、10年後を予測し、問題が顕在化する前に先手先手で政策を打っていく。それを具体化するのがマーケティング課であり、その司令塔になるのが自治体経営のトップである市長なのだ。







