事故につながるリスク
「知らんけど」が急拡大した背景には、責任の所在を曖昧(あいまい)にできて便利、という感覚もあるように見える。だが、実際にそう使うことは少ないという。
「だって、無責任に喋ることが当たり前の社会って、あまりにひどいじゃないですか。関西では面白ければそれでいいという文化もありますが、すべてがそうではありません。時と場合を選んで、言いたいことを言って、でも『本当はよく知らないんだけど』と一種のボケのような形で付け加えるんです」(同)
相手の反応や話の文脈をわきまえ、言い過ぎたと思ったときには修正する。その話術の一つが、「知らんけど」なのだ。
たとえば、自分の夢について語ったとき。熱弁を振るいすぎてふと恥ずかしくなったら、照れ隠しに「知らんけど」。仕事でミスをした友人を励ましたいとき。言葉を尽くしたが、本人にしかわからないこともある。「知らんけど」を足すことで、ほどよい距離感が生まれる。
他にも、「やり場のない苛立ちを表現するために使っている」「話を盛りすぎたと感じたときに言う」と話す関西人もいる。いずれにせよ、どの「知らんけど」も自分の立ち位置と会話の空気を読み取り、緩急をつけて使われているようで、シャイで繊細な関西人の姿が目に浮かぶ。
金水さんによれば、「知らんけど」をネット上でよく見かけるようになったのは、10年以上前。自然発生的に生まれたため、“使い方”を定義するのは難しいという。こんなリスクもある。
「幼い頃からボケとツッコミのストリートファイトをしてきた関西人同士ならうまくいく会話も、他の地域の人には通用しないこともあります。『知らんけど』を多用すると、相手がハシゴを外されたように感じて、コミュニケーションの事故につながる可能性もあります」
流行語もほどほどに?(編集部・福井しほ)
※AERA 2023年2月27日号
※AERA dot.より転載