企業による新卒社員の獲得競争が激しくなっている。しかし、本当に大切なのは「採用した人材の育成」だろう。そこで参考になるのが『メンタリング・マネジメント』(福島正伸著)だ。「メンタリング」とは、他者を本気にさせ、どんな困難にも挑戦する勇気を与える手法のことで、本書にはメンタリングによる人材育成の手法が書かれている。メインメッセージは「他人を変えたければ、自分を変えれば良い」。自分自身が手本となり、部下や新人を支援することが最も大切なことなのだ。本連載では、本書から抜粋してその要旨をお伝えしていく。
相手がどうかの前に、自分がどうしているか
ある時、「難しい仕事は、絶対に部下にはやらせない」と言う社長にお会いしました。
「仕事は難しいほど、うまくいった時に、涙が出るくらいの感動がある。だから、もったいなくて、難しい仕事を部下にはやらせたくないよ」
もちろん一方で、社員はみな、社長の仕事をやってみたいと思っています。
相手がどうかの前に、はたして自分が相手の見本となるような行動をしているか考えてみてください。
上司が仕事を楽しまない限り、社員が仕事を楽しむことはできません。上司が困難を感動に変えない限り、部下は困難を避けるようになってしまいます。
上司がビジョンとポリシーを貫かない限り、部下は自分の目先の安楽だけで、行動してしまいます。
歴史上でも、優れたリーダーは、このことを治世にも活かしてきました。
中国の古典『十八史略』の中に、唐の太宗が行った理想の政治の時代と言われる「貞観之治」について書かれたものがあります。
太宗は儒教思想に基づき、誠意を尽くすことによって国を治めることに成功した人物です。
ある時、次のような提案書を持ってきた者がいました。
「臣下を試すために、わざと怒ってください。その時、たとえ怒られたとしても、信念に基づいて筋を通そうとする者は、正直な臣下です。陛下の威厳に恐れをなして言われた通りのことをする者は、信用できない臣下です」
すると、その提案書を見た太宗は、次のように答えました。
「私自身が間違った発言をすることもあるだろうに、どうして臣下ばかりに正直さを求めることができようか。その前に自分自身が正直であることを心掛け、臣下に対しても誠意を尽くすことによって、天下を治めたいのだ」
また、窃盗をなくすために、法律を重くして厳しく罰するようにと提案してきた者がいました。その提案を聞いた太宗は、次のように答えました。
「それよりも、私たちが無駄な金を使わず、労役や税金を軽くし、まじめな者を選んで仕事を任せるべきではないか。人民にとって衣食があり余るほどであれば、誰も盗みはしなくなるはずだ。それなのに、どうして法律を重くする必要があろうか」
数年後、窃盗はいなくなり、旅人は安心して野宿することができるようになりました。
理想の時代を築き上げたリーダーは、武力だけで国が安定し、繁栄することはないことを知っていました。
そして、国を治めるために必要とされる最も強い力とは、自らの生き方であることにも気づいていたのです。