企業による新卒社員の獲得競争が激しくなっている。しかし、本当に大切なのは「採用した人材の育成」だろう。そこで参考になるのが『メンタリング・マネジメント』(福島正伸著)だ。「メンタリング」とは、他者を本気にさせ、どんな困難にも挑戦する勇気を与える手法のことで、本書にはメンタリングによる人材育成の手法が書かれている。メインメッセージは「他人を変えたければ、自分を変えれば良い」。自分自身が手本となり、部下や新人を支援することが最も大切なことなのだ。本連載では、本書から抜粋してその要旨をお伝えしていく。
尊敬によって人を動かす
以前、私は学校の関係者約三百人の集まる会合で、講演をさせていただいたことがあります。参加されたみなさんは、子どもたちの生活指導に大変ご苦労をされていました。
「どうして、子どもたちは先生の言うことを聞かないのか」
そのことについて、私は次のような話をさせていただきました。
「子どもたちが、先生の言うことを聞かない理由は一つです。それは、先生の言うことを聞きたくないからです。そのような時、先生が正しいことを言えば言うほど、子どもたちは正しいことをしなくなってしまいます。
例えば、『勉強をしよう』と言えば、勉強しない子どもが増え、『思いやりを持とう』と言えば、思いやりのない子どもが育ってしまうのです。
それでは、どうして先生の言うことを聞きたくないのでしょうか?
子どもたちにその理由を聞けば、すぐにわかると思います。『なぜ、先生の言うことを聞かないの?』と聞けば、きっと次のような返事をするでしょう。
『だって、先生の言うことを聞いたら、先生みたいになっちゃうもの』
つまり、子どもたちは先生の話を聞くかどうかを、あらかじめ決めてあるのです。
先生の普段の発言や行動を見て、この先生の言うことは聞こう、あの先生の言うことは聞かない、と子どもながらに判断をしているのです。
それは、子どもたちに問題があるからではありません。いつの時代でも、どこの地域でも、子どもは大人の鏡なのです。子どもたちから、自分たちのあり方を学ぶことが大切なのではないでしょうか」
相手に何かを伝えようとする時、何を話すかという内容よりも、相手からどう思われているかのほうが問題なのです。
正しいことが、伝わるとは限りません。誰が伝えるかで、伝わるかどうかが決まるものなのです。
一方で、次のような体験をしたことがあります。
ある大学で学生対象に、夢と起業家精神をテーマに講演をしました。その際、私を招いてくださったのがY教授です。
講演会の前、Y教授と学生食堂で昼食を共にさせていただくことになりました。学生食堂までの廊下には、学生主催の様々なイベントの告知ポスターが貼ってあります。
その中の一つに、Y教授の大きな写真入りのコンサートのポスターがありました。Y教授は、尺八の名人でもあり、そのコンサートを学生たちが主催していたのです。
私たちが席に着いて、食事をはじめようとした時、まわりの学生がこちらを注目しているのがわかりました。そして、数人の学生が私たちのところにやってきて、次のように言いました。
「Y先生、僕たちも一緒に食事させていただいてもいいですか?」
すぐまた、別の学生がやってきました。
「私たちも一緒に食事させてください」
そうしてY教授と私は、あっという間に、たくさんの学生たちに取り囲まれてしまったのです。
さらに驚いたことに、学生たちはY教授と私の話を真剣に聞いているだけなのです。中にはメモを取っている学生もいます。学生たちは、何かを学び取ろうと必死になっているようでした。
彼らがY教授をどれほど尊敬しているかは、その表情と行動で手に取るようにわかりました。学生たちは、Y教授の一挙一動から学んでいるのです。
私は教授と学生たちとの信頼関係の強さに、圧倒され、感動すら覚えました。
先生と生徒との関係でいえば、先生が生徒からどのように思われているかによって、生徒がどのような行動を取るかが変わります。
生徒は先生の話を聞く前に、先生の話を聞くかどうかを決めているのです。その際、どれだけ先生に知識や経験があるか、どれだけの資格を持ち、どのような地位にあるかはまったく関係ありません。
相手がどの程度こちらの話を聞くかは、自分が相手からどの程度尊敬されているかによって、すでに決まっているのです。
管理の基本概念は、「恐怖」によって人を動かすことでした。それに対して、メンターの場合は「尊敬」によって人を動かすこと、と言うことができます。
人は自分が尊敬する人の話を、とても真剣に聞きます。そして言われたことを素直に受け止めて、一所懸命に努力するのです。