写真:銀行員,銀行写真はイメージです Photo:PIXTA

数々の豪華な保養所を
使いたくても使えない理由

 旧都市銀行の保養所施設は豪華だった。名だたるリゾートには必ず保養所があり、ほとんどが自前の不動産だった。関東に地盤がある都市銀行であれば、熱海、伊東、長岡、白馬といった、従業員がアクセスしやすいエリアが中心。従業員は一泊3000円程度で利用できた。まだ独身で親元から通勤していた頃、両親が驚いたのを覚えている。

「さすが銀行はやっぱり違うわねえ。一度連れてってほしいわあ」

 結局、一度も連れて行くことなく他界した。親孝行したくとも、時すでに遅かった。

 福利厚生施設は他にも、屋内プール、アスレチックジム、託児所、マッサージ室などがあった。強くはなかったが運動部もあり、社会人リーグに参加している競技もいくつかあり、立派な体育館や陸上グラウンド、テニスコートも所有していた。

 いつ使うかもわからない施設の維持管理費用たるや、相当な負担だったろう。それだけ、銀行という業界はどこも潤っていたのだ。であれば、こういった施設を利用しなくては損なのだが、使いたくても使いたくない深刻な(?)理由があった。

 湯布院の保養所は、ことさら豪華だった。宮崎中央支店に在籍時、社員旅行で訪れたのだが、ちょうど次期頭取と目されていた有力な常務殿がプライベートで来ており、まるで海外の要人が来日しているかのような厳戒態勢だった。

「月に1度はお越しになるんですよ」

 施設の職員に聞くと、湯布院保養所はその常務のお気に入りなのだと言う。館内のスピーカーからは、常務の好きなバッハの曲が流れている。ヒノキの柱と障子と囲炉裏の木造家屋に、カトリック教会のような雰囲気が漂っていた。

「今日は常務が来てるから、夜中はあまり騒ぐなよ」

 副支店長の注意徹底は、さながら修学旅行を引率する教員だった。