未来のユーザー目線で探索せよ! クラレの新技術開発を実況中継

高機能樹脂を中心に数々の世界トップシェア製品を生み出し、人工皮革の<クラリーノ>、合成繊維の<ビニロン>といった独自素材でも知られるクラレ。日本を代表する化学メーカーの同社が今、SFを活用した新規事業開発に取り組んでいる。「未来のユーザー目線」で発想した未来像を2篇のSF小説にまとめ、そこに描かれた「ありたい未来」の実現につながる技術を探索しているのだ。この取り組みの進捗と手応えを、プロジェクトを主導した研究開発本部長の佐々木繁氏と同本部の浅田光則氏(企画管理部)、水谷優里子氏(くらしき研究センター 構造・物性研究所)の3人に聞いた。(構成/フリーライター 小林直美、ダイヤモンド社 音なぎ省一郎)

「ハジけた発想」から、挑戦的な事業を生み出す

藤本 研究開発のテーマ作りに「SF思考」を活用しようと考えたきっかけをお聞かせください。

佐々木 私たちは、基本的に積み上げ式の「フォアキャスト型」で研究テーマ開発に取り組んできました。一方で、この10年ほど頭から離れなかったのが、「今の延長線上には、チャレンジングな新規事業は生まれないのではないか」という思いです。しかし、とっぴなアイデアを出すだけでは会社に承認されませんし、現場のモチベーションも湧きません。このジレンマを打ち破りたい、という思いがスタートラインです。そこで、2021年夏ごろから、浅田と共に新しい手法を探してきました。

未来のユーザー目線で探索せよ! クラレの新技術開発を実況中継佐々木 繁氏(クラレ 研究開発本部 本部長)
Photo by YUMIKO ASAKURA

浅田 私は、佐々木から「挑戦的なテーマ創出」という目的と、「バックキャスト型」「生活者視点」という二つのお題をもらって開発手法のリサーチを始めました。そしてたどり着いたのが「SF思考」です。他の手法も検討しましたが、シナリオプランニングは社内でもよく使うし、デザインシンキングはちょっと時間軸が短い。その点、SF思考はお題にフィットするし、社内で誰もやったことがありません。ぜひ挑戦したいと思い、藤本さんにコンタクトを取りました。

佐々木 ただ、会社に提案するには少々うさんくさいんですよね……(笑)。

藤本 その感覚、分かります(笑)。プロジェクト名にあえて「SF」を入れず、「未来のユーザー目線」とされたのも、うさんくさい印象を和らげるためだったりするのでしょうか……。

佐々木 それもありますが(笑)、「ユーザー目線」という言葉をぜひ使いたかったんです。素材メーカーのR&D(研究開発)部門にいると、生活者やエンドユーザーの目線を獲得するのが本当に難しい。だからこそ、そこから考えたいと。ただ、これで行くと決めるまで、かなり迷いました。私もSFは好きですが、藤本さんから「世界の名だたるリーダーがSFファンだ」と聞いても「ただの結果論じゃないの?」と、かえって疑念が募って。社内にも通しにくいし、やっぱり無理か……と何度も思いましたが、いや、やっぱり「ハジけること」を最優先にしなきゃ何も始まらない、と。

藤本 なぜ、そこまで「ハジけること」が重要だったのでしょうか。

佐々木 クラレは自社の強みを生かした事業展開は得意な会社です。一方、ゼロから立ち上げるのは必ずしも得意とはいえない。まったく新しい挑戦的なテーマを見いだすためには、固定観念から離れた地点から出発することが重要だと考えました。