SFを通じて、他者との対話を広げていく
藤本 佐々木さんは、プロジェクトオーナーの視点から見ていかがでしたか。
佐々木 やる以上は楽しくやってほしいと思い、口を挟まないようにしていましたが、実行可能なテーマが設定できるかどうかはずっと不安でしたし、今も引き続き不安ではあります。ただ、完成した二つの小説を読んだときには「いい出発点ができた」と思いました。未来の技術に関するキーワードがふんだんにちりばめられていて、読む人それぞれが発想を広げられる内容だったので。
水谷 議論の内容が物語になって、登場人物が動いて……。やっぱり小説になると具体性がすごくて感動しました。単語の羅列から「やるぞ!」って気持ちを高めるのは難しいですが、使われているシーンをイメージできると「自分の手で実現したい」という思いが強くなります。
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佐々木 この可能性をどう料理し、どう味わうか──。それがこれから大事なところです。テーマ開発って、フェーズが進むにつれて自由度が下がってしんどくなるので。
藤本 今のところ、これらの小説はどのように活用されているのでしょう?
浅田 具体的なテーマに着地させるために複数のアクションに取り組んでいます。有識者にヒアリングしたり、小説に登場するキーワードがどんな研究開発テーマにつながり得るか調査したり。企業訪問も始めています。「食」なら培養肉や次世代農業関連、「パーソナルヘルスケア」なら化粧品や介護関連の企業ですね。テーマ創出においてこれまでは、社内に素材や技術の持ち玉がない状態ではアプローチしにくかったのですが、新しいマーケティングの形としても方法論化したいと思っています。
藤本 意外なオープンイノベーションにつながるかもしれませんね。SF小説を携えて企業訪問すると「クラレさんがこんな活動をしてるんですか」と、驚かれませんか。
浅田 それは今のところないですね。というか、「食」も「パーソナルヘルスケア」も、既存事業と関連が薄いので、私たちのことをよく知っているお客さまの耳にはまだ入っていないというか……。
藤本 なるほど。逆にいうと、これまで接点のなかった相手先にアプローチできているのですね。研究開発領域としても、社内の研究地図から外れた「飛び地」を開拓している感じでしょうか。
佐々木 飛び地とまではいかず「事業の染み出し領域と飛び地の中間領域」ですね。われわれがよく知るマーケットのど真ん中ではなく、できる範囲ギリギリの一番遠くに目標を置き、そこに至る起点をどうにかして社内に見いだそうとしています。