『独学大全──絶対に「学ぶこと」をあきらめたくない人のための55の技法』著者の読書猿さんが「勉強が続かない」「やる気が出ない」「目標の立て方がわからない」「受験に受かりたい」「英語を学び直したい」……などなど、「具体的な悩み」に回答。今日から役立ち、一生使える方法を紹介していきます。
※質問は、著者の「マシュマロ」宛てにいただいたものを元に、加筆・修正しています。読書猿さんのマシュマロはこちら
[質問]
私は人生の価値というものは快楽の総量で決まると思っています。
ゆえに、「自堕落に、享楽的に生きたほうが快楽の総量は多いのではないか」という誘惑が常に付きまとい、薬への興味も日に日に高まっています。
しかし倫理観や常識、現在の環境をそう簡単に捨てることもできず、どっちつかずの生活を送っています。
読書猿さんがドラッグや怠惰への道を選ばれなかったのはどういった理由からでしょうか?
また私の問題を解決する助けになるような本を教えていただけると助かります。
(私は享楽的な生き方が悪いとは思っておらず、怠惰の誘惑から逃れたい、と思っているわけではありません。どういう生き方が一番楽しいのか、また快楽を第一に考えることが本当に正しいのかを今一度考え直したいと思っています)
残念ながら、享楽の追求は幸福にはつながりません
[読書猿の回答]
幸福度は快感の量ではなくその差分(増加した分)に比例しますが、感覚系のメカニズムから快刺激の繰り返しは不快さを、反対に、不快刺激の繰り返しは快感を、生むことが分かっています。以上から享楽の追求は幸福にも快楽にも繋がりません。
これを説明する「相反過程説」についての研究があるので紹介します。次の図が要点です。
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恐怖は不快な感情であり、現実もしくは想像上の危険、喜ばしくないリスクに対する強い生物学的な感覚です。
生き物として避けるべきことを示すサインであり、安全への退避行動を起こす役目を果たすものです。
しかし、ヒトには恐怖をもたらすものに、繰り返し触れようとする嗜好が存在します。
恐怖を主題として読者に恐怖感を与えるためにつくられた創作物は数多くありますし、遊園地に設置されている遊具(アミューズメント・ライド)の中で、絶叫マシン(スリル・ライド)と呼ばれるジャンルが今も優勢を誇っています。
これらはすべての人に愛好されている訳ではないが、根強い人気を誇っており、中でも愛好者は繰り返しこれら恐怖刺激に触れることを嗜好しています。
これら恐怖へのアディクトはどんな風に形成され維持されるのでしょうか?
これに答える仮説のひとつが、獲得動機(acquired motive)に関する相反過程説 opponent-process theory(※Solomon, R. L. & Corbit, J. D(1974)., An Opponent-process Theory of Motivation : Temporal dynamics of affect, Psychological Review, 81.)です。
相反過程説のキモは、こうした快/不快をもたらす刺激を、反復経験した場合の予測と説明にあります。
刺激に即座に反応するaプロセスは刺激を繰り返しても変わらないかやや小さくなるだけですが、bプロセスは刺激を繰り返すと、より立ち上がりが速くなり、しかも長引くようになっていきます(グラフの中段)。
するとaプロセスとbプロセスの引き算で生まれる〈感情の動的変化の標準パターン〉は、下のグラフの上段のように変化します。
つまり、快をもたらす刺激の場合は、繰り返すことで快レベルは下がり、その反対に振れる後反応による不快レベルは増し、しかも長引くようになるわけです。
この研究は、アルコールやタバコのような嗜好品を摂取する経験に、そして薬物をはじめとする様々な依存症の問題に応用できます。
たとえば喫煙が習慣化すると、一服の煙草が与える快感は最初の頃よりも減少し、以前と同じ効果を得ようとすれば、より強い/より多くの煙草が必要になります。
さらに吸い終わった後の煙草への渇望感はより強く、またより長く続くようになります。そうして不快な渇望感から逃れるために次の一服が必要となり、これらのメカニズムがチェーン・スモーキングを(他の薬物なら薬物依存を)引き起こすことになるのです。
引用文献を含めた詳しい解説はこちらのブログ記事をどうぞ。