ピーター・F・ドラッカーの本を1冊挙げてみよ、と言われたなら、多くの人がこの本を挙げるのではないか。『マネジメント──課題、責任、実践』。これは、マネジメントの父とも呼ばれているドラッカーが、マネジメントの大系を集大成した大著だ。この本から最も重要な部分を抜粋したのが、『マネジメント【エッセンシャル版】――基本と原則』。マネジメントの本格的な入門書として広く読まれてきた。ドラッカーが最も伝えたかったマネジメントのポイントとは? そして日本の読者に伝えたかったこととは?(文/上阪徹)

ピーター・F・ドラッカー

あらゆる組織にマネジメントが必要な理由

 1973年に刊行されたドラッカーのマネジメントについての集大成『マネジメント──課題、責任、実践』(日本語版1974年)。この大著は1975年には『抄訳 マネジメント』として日本で刊行され、ベストセラーとなった。

 以後、四半世紀が経ち、マネジメントをめぐる状況の変化を踏まえ、2001年に刊行されたのが、『マネジメント【エッセンシャル版】――基本と原則』だ。すでに120万部を超える大ベストセラーになっている。

 本書の大きな特徴は、具体的なマネジメントの方法に入る前に、「マネジメントの使命」という「前段」がしっかりと語られていることだ。そもそもマネジメントとは何か。なぜマネジメントは必要なのか。マネジメントの前提としての、仕事、人間、社会的責任とは。

 また、マネジメントは企業組織においてのみならず、公的機関や企業内のサービス部門においても求められるとしている。サービス部門こそ、現代の成長部門だというのだ。

 現代社会において、企業は組織の一つにすぎない。企業のマネジメントだけがマネジメントではない。政府機関、軍、学校、研究所、病院、労働組合、法律事務所、会計事務所、諸々の団体など、いずれも組織である。そして、いずれもマネジメントを必要とする。これら企業以外の組織、すなわち公的機関こそ現代社会の成長部門である。今日われわれの社会は、企業社会というよりも多元社会である。(P.42)

 つまり公的機関に属する人々、政府機関、軍、学校、研究所、病院、労働組合、法律事務所、会計事務所、その他の団体に属する人たちや企業内のサービス部門の人たちにも、本書は大いに役に立つということだ。

 そして、企業内のサービス部門を含め、経済活動が生み出す余剰によってコストがまかなわれている組織は、成果をあげるための方法を学ばなければいけないと強調する。それは、可能なことであるのだ、と。

 実際、第2章「公的機関の成果」で、公的機関不振の原因や公的機関成功の条件が語られる。第3章は「仕事と人間」がテーマだ。仕事と労働、仕事の生産性、人と労働のマネジメント、責任と保証、「人は最大の資産である」といった小見出しが並ぶ。そして第4章で「社会的責任」が語られる。

 ここまで来て、ようやく「マネジメントの方法」が始まるのである。

真のマネジャーを見分ける「ある基準」

 マネジメントの必要性を語ったあと、ドラッカーがまず始めるのは「マネジャーとは何か」である。かつて「人の仕事に責任を持つ者」とされたマネジャーの定義は、今や「組織の成果に責任を持つ者」に変わってきているということから説く。

 今日、マネジャーの真の定義、すなわち誰がマネジャーかを明らかにすることが緊急の課題になっている。マネジャーを見分ける基準は命令する権限ではない。貢献する責任である。権限ではなく、責任がマネジャーを見分ける基準である。いわゆるマネジャーと専門家との関係も、マネジャーを責任と機能によって定義することによって、初めてはっきりさせることができる。(P.124-125)

 マネジャーにあるのは、命令する権限ではなく、貢献する責任。これこそが、ドラッカーが打ち立てたマネジャーの新しい定義だ。

 この文章を書いている私は、1994年にフリーランスになった。それまでの5年間を思い出すと、当時の上司のイメージは明らかに前者だった。しかし、どちらのマネジャーが部下にとってありがたいのかは、明白だろう。

 そしてマネジャーには2つの役割があるとする。「部分の和よりも大きな全体、すなわち投入した資源の総和よりも大きなものを生み出す生産体を創造すること」、そして「あらゆる決定と行動において、ただちに必要とされているものと遠い将来に必要とされるものを調和させていくこと」だ。

 そしてマネジャーに共通する仕事を5つあげる。

 実際にはほとんどのマネジャーが、マネジメント以外のことに多くの時間を使う。(中略)だがそれらの仕事は、あらゆるマネジャーが行うべき仕事、マネジャーに共通した仕事、マネジャーだけが行う仕事ではない。
 あらゆるマネジャーに共通の仕事は五つである。①目標を設定する。②組織する。③動機づけとコミュニケーションを図る。④評価測定する。⑤人材を開発する。
(P.129)

 極めて明快だ。その後は、マネジャーの資質、最大の貢献、職務設計のまちがい、マネジメント限界の法則などが展開されていく。

「意見が対立しない」と意思決定はしない

 そして第6章から展開されるのが、「マネジメントの技能」である。意思決定、コミュニケーション、管理、経営科学だ。意思決定については、日本独特の「合意(コンセンサス)によって意思決定を行っている」という興味深いエピソードの紹介からスタートする。

 日本流の意思決定は日本以外でも十分に通用するというのだ。そのエッセンスの一つをドラッカー流に捉えたストーリーが興味深い。

 マネジメントの行う意思決定は、全会一致によってなされるようなものではない。対立する見解が衝突し、異なる見解が対話し、いくつかの判断のなかから選択が行われて初めて行うことができる。したがって、意思決定における第一の原則は、意見の対立を見ないときには決定を行わないことである。(P.152)

 コミュニケーションについては、「今日あらゆる組織について最大の関心事になっている」「それにもかかわらず、明らかになったことといえば、コミュニケーションは一角獣のように未知のものであるということだけである」と難しさを語る。その上で、本質をずばり書く。

 コミュニケーションを成立させるものは、受け手である。コミュニケーションの内容を発する者、すなわちコミュニケーターではない。彼は発するだけである。聞く者がいなければ、コミュニケーションは成立しない。意味のない音波しかない。(P.158)

 マネジメントがうまくいかない理由の筆頭格は、まさにコミュニケーションにある。だからこそ、ドラッカーのコミュニケーションへの洞察は極めて深い。

 コミュニケーションを成立させるには、受け手が何を見ているかを知らなければならない。その理由を知らなければならない。(P.158)
 われわれは期待しているものだけを知覚する。(P.159)
(新聞の余白を埋める)埋め草はよく読まれ、よく記憶される。これは、それらの豆記事が何も要求していないからである。(P.160)
 コミュニケーションは情報とは別物である。ただし、依存関係にある。(P.160)

 このコミュニケーションの項目を読むだけでも、たくさんの気づきが得られるはずだ。なぜ、マネジメントがスムーズにいかないのか、その理由も。

(本記事は『マネジメント【エッセンシャル版】――基本と原則』より一部を引用して解説しています)

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『マインド・リセット~不安・不満・不可能をプラスに変える思考習慣』(三笠書房)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。

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第1回 【ドラッカーが説く】変われない日本の「閉塞感の正体」とは
第2回 【会社は必要?】ドラッカーが語った「組織」の本当の役割