情報が次から次へと溢れてくる時代。だからこそ、普遍的メッセージが紡がれた「定番書」の価値は増しているのではないだろうか。そこで、本連載「定番読書」では、刊行から年月が経っても今なお売れ続け、ロングセラーとして読み継がれている書籍について、関係者へのインタビューとともにご紹介していきたい。
第4回は2000年に刊行、20年以上にわたって読まれ続けているベストセラー、P.F.ドラッカー著/上田惇生編訳『プロフェッショナルの条件――いかに成果をあげ、成長するか』。4話に分けてお届けする。(取材・文/上阪徹 初出:2022年11月3日)

ドラッカー『プロフェッショナルの条件』

日本発の本が世界中で売れ続けている理由

「はじめて読む」をコンセプトに、日本発で生まれた『プロフェッショナルの条件』。2000年に日本で発売されると、たちまちベストセラーになったが、この本はアメリカでも発売され、やはりベストセラーになる。担当編集だった中嶋秀喜氏は語る。

「実はドラッカーさんがアメリカの出版社に、『日本で売れているから、出版しないか』と持ちかけたんです。アメリカでも売れましたが、今でも売れているようですよ」

P.F.ドラッカーP.F.ドラッカー(Peter F. Drucker、1909-2005)
20世紀から21世紀にかけて経済界にもっとも影響力のあった経営思想家。東西冷戦の終結や知識社会の到来をいち早く知らせるとともに、「分権化」「目標管理」「民営化」「ベンチマーキング」「コア・コンピタンス」など、マネジメントの主な概念と手法を生み、発展させたマネジメントの父。著書に、『「経済人」の終わり』『企業とは何か』『現代の経営』『経営者の条件』『断絶の時代』『マネジメント』『非営利組織の経営』『ポスト資本主義社会』『明日を支配するもの』『ネクスト・ソサエティ』ほか多数。
<ドラッカー日本公式サイト>
https://drucker.diamond.co.jp/index.html

 日本でもロングセラーを続け、すでに67刷45万部超のベストセラーになっているが、実は刊行から20年以上が経っている本なのだ。しかし、いま読んでみても、まるで古さを感じない。とても20年以上前の本とは思えない。そこにまずは驚かされる。

「私も久しぶりに手に取って読んでみたんですが、古さは感じなかったですね。いい本を作ったな、と我ながら思いました(笑)」

 実は刊行後、大きな反響を得ていた。本には愛読者ハガキがはさみ込まれているが、それが数百通、戻ってきたという。それだけではない。読者からの直筆の手紙、さらには電話もたくさんもらったという。

「いい本を作ってくれた、と読者の方からです。これはもう編集者冥利に尽きるな、と思いました」

 これまでドラッカーの本を読んだことのなかった人に読んでもらいたい、若い人にもぜひ手にとってもらいたい、という思いから生まれた1冊。

 しかも、【自己実現編】とついているように、自らをいかにマネジメントしていくか、がドラッカーの体験をもとに語られていく。自分の仕事や生き方に、大きな刺激をもらえたのだろう。

人間の寿命は長くなり、会社の寿命は短くなった

 本書は5つのPartから展開されていく。

Part1 いま世界に何が起こっているか
Part2 働くことの意味が変わった
Part3 自らをマネジメントする
Part4 意志決定のための基礎知識
Part5 自己実現への挑戦

 章タイトルにも、「新しい社会の主役は誰か」「生産性をいかにして高めるか」「なぜ成果があがらないのか」「優れたコミュニケーションとは何か」「人生をマネジメントする」など興味深い言葉が並ぶ。

 そして、頻発する言葉の一つに「知識労働者」がある。ドラッカーが最も強調したい言葉の一つだったに違いない。20世紀初めには、労働力人口の90%から95%は肉体労働者だった。しかし、今は知識労働者がその割合をどんどん高め、最大の力になっている。中嶋氏はいう。

「知識労働者という言葉をドラッカーさんが最初に使ったのは、『The Landmarks of Tomorrow(邦題『変貌する産業社会』)』という本ですが、原著は1959年の刊行です。そして、この言葉をずっと強調してきたんですね」

 ドラッカーが問いかけるのは、肉体労働者から知識労働者へと労働力人口がシフトしていったとき、何が起こるか、である。この変化が平均寿命、労働寿命を延ばしたのだ。そして、これが何をもたらすか。

「人間の寿命は長くなるのに、会社の寿命はどんどん短くなっているということです。そうすると、人は会社や産業を移っていかないといけない。また、持っている知識は、やがてどんどん陳腐化していってしまうということです」

 知識労働者の増加によって必然となるのは、雇用の流動性であり、専門領域の重要性であり、大人の新たな教育の重要性なのだ。まさに近年、日本でも大きく語られ始めてきたことを、ドラッカーはこんなにも早くから指摘してきたのである。

「成果をあげる者は、時間からスタートする」

 もう一つ、興味深いのは、ドラッカーがいわゆる仕事術的なことについても触れていることである。「自らの強みを知る」「時間を管理する」「もっとも重要なことに集中せよ」といった章タイトルが並ぶ。少し中身を抜粋してみよう。

 私の観察によれば、成果をあげる者は仕事からスタートしない。時間からスタートする。計画からもスタートしない。何に時間がとられているかを明らかにすることからスタートする。次に、時間を管理すべく、自分の時間を奪おうとする非生産的な要求を退ける。そして最後に、その結果得られた時間を大きくまとめる。すなわち、時間を記録し、管理し、まとめるという三つの段階が、成果をあげるための時間管理の基本となる。

 この記事を書いている筆者には時間術に関わる著書もあるが、大いに共感したのは、いきなり仕事を始めない、というところだった。どう時間を使うのか、考えるところから始めるのである。そのためにはまず、仕事の段取りを見積もらなければいけない。

 それにしてもドラッカーが、こうした時間術について一家言、持っていたとは意外だった。しかも、自分の時間を奪おうとする非生産的な要求は退けよ、とまで言っている。加えて、時間は大きくまとめて使え、と。こうした仕事に関する、あるいは自己認識に関する、成果をあげることに関する、具体的なアドバイスが並んでいるのだ。

 しかも極めて本質的、普遍的な仕事の原理原則が、極めてシンプルな言葉でずばりとまとめられていく。そして、その裏付けとなる自身の経験が、語られていくのである。
(次回に続く)

(本記事は、『プロフェッショナルの条件――いかに成果をあげ、成長するか』の編集者にインタビューしてまとめた書き下ろし記事です)

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『子どもが面白がる学校を創る』(日経BP)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。

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