時間がたって公知の事実になれば
リスクはない
ここで、二つの線引きの話を確認します。実はこのノウハウは、不正競争防止法の3要件を満たしません。30年以上前に発見されたノウハウで、いまでは「銀行は窓口業務を減らすためにATMの利用料を窓口よりも安くした」という知見は、さまざまな経営書やビジネス雑誌に開示されています。
つまり公知の事実なので、2番目の秘密要件を満たしません。
さて、この例は結構明確に線引きできる例なのですが、機密情報にあたるのかどうかがもっと曖昧な情報で、それが転職したあなたの頭の中に入っている場合はどう考えたらいいのでしょうか?
先に海外の話をしましょう。アメリカは契約社会なのでこういった場合の対策が契約でなされています。多くの大企業の場合、二つの契約の縛りで頭の中に入っている営業秘密の流出を防ぎます。
一つが退職時の契約で、競合企業への転職だと退職金が大幅に減ることがあらかじめ条項で決めてあるのです。たとえば、マイクロソフトの幹部社員がグーグルに転職したら数千万円から場合によっては億の単位で退職金が減ることが、契約に明記されているような形です。この条項があることで、多くの幹部が直接の競合先への転職を踏みとどまります。
もう一つが、機密保持期限を決めてあることです。通常では本部長や役員クラスの幹部なら2年、イチ社員の場合でも1年は、前の職場で知りえた営業秘密はしゃべってはいけないことが決まっています。
この期限を切るというのは、実にアメリカらしい考え方です。というのも相手の頭の中に入っている知識を未来永劫管理しようとしてもそれは無理なのです。だったら管理できる期限を決めておいて、その間は本人に秘密を語ることをとどまらせようということです。
さきほど挙げた、転職先で同じ取引先を営業で担当することになるケースでいえば、アメリカ人の従業員は上司から、「前の会社ではどうやって営業していた?」と尋ねられても、「すみません。具体的なところは機密保持契約があってお話しできません。たとえば値引き幅とか、キャンペーン的に行われる値引き項目などは1年間お話しできないんです」と答えるでしょう。それを上司も仕方ないと割り切ってくれる。
そして以前の勤務先でも転職して2年目、機密保持契約が終了した従業員の記憶については、「1年以上前の数字は、もうそれほど営業秘密として価値はない」と割り切る。そんな風土があります。
ちなみに私が転職の際、1度目は別業界に転職して、その3年後に自分のコンサル会社を立ち上げました。一つ大きな理由はその3年間、以前お世話になった経営者の方々に営業をしないためです。顧客リストの営業秘密に抵触したくなかったと、言い換えてもいいかもしれません。
実はこれは私の場合、雇用契約とは関係ありませんでした。外資系ではありましたが、少なくとも当時は日本の社員は日本の雇用契約を結んでいて、当時の日本には営業秘密の流出をとがめる法律も存在していなかったからです。だったら退職後、すぐに自分のコンサル会社を立ち上げて、以前のクライアントに次々と営業をかけてもいいのですが、私はそれをやらなかったのです。