発達障害のひとつであるADHD(注意欠陥・多動症)の当事者である借金玉さん。早稲田大学卒業後、大手金融機関に勤務するものの仕事がまったくできずに退職。その後、“一発逆転”を狙って起業するも失敗して多額の借金を抱え、1ヵ月家から出られない「うつの底」に沈んだ経験をもっています。
「メンタル本大賞」を受賞した『発達障害サバイバルガイド──「あたりまえ」がやれない僕らがどうにか生きていくコツ47』では、借金玉さんが幾多の失敗から手に入れた「食っていくための生活術」が掲載されています。特別に、内容を本書から抜粋して紹介します。

発達障害の僕が発見した「仕事で失敗しても助けてもらえる人」と「頑張りすぎて破滅する人」をわける一線

本当のあなたを「ハックするな」

 僕のライフハックのテーマは「自分を変える」のではなく、「やり方を変える」「環境を変える」「道具を変える」など、パーソナリティの外部にあるものを工夫することで変化を起こすことをモットーにしています。

 本書も、その考えを貫いて書かせていただきました。

 そこで、みなさんにひとつだけ気をつけていただきたいことがあります。この本はあくまで「生きていく」という目的のためにあるということです。だから、いつも心のどこかで「こんなことやりたくないけど、まあ、仕方がないから試してみるか」という斜に構えた気持ちを持ち続けていただきたいのです。「正しいハックを実践して正しい人生を生きるぞ!」みたいな気持ちには、絶対になってほしくありません。

 あなたが工夫をするのは素晴らしいことですが、工夫があなたになってしまうのは恐ろしいことです。それは手段と目的が入れ替わってしまっています。僕の文章は、あなたが幸せに生きてほしいという気持ちで書かれています。幸せがあなたを生きるなんて冗談じゃありません。あなたがあなたである、ということには最大の価値を置くべきだと僕は心から思っています。

僕が親と距離をおき続ける理由

 具体的に、僕が絶対にハックしてはいけないと思っているのがプライベートの人間関係や、個人のパーソナリティそのものです。

 たとえば僕は、肉親との距離を大きくおいています。関係性については「色々ある」としかいいようがないですし、もちろん「親に対してそんな振る舞いはひどい」というご批判があるだろうことも承知しています。

 もちろん、親という存在に対して共感的に振る舞い上手に相槌を打ち、相手が気分よく過ごせるように発話内容をチューンする。そうすればきっと関係はよくなるだろうと思います。そして、僕も営業マンですから技術的にそれは可能ではあるでしょう。しかし、それはハックが僕のパーソナリティを侵襲してしまうということに直結しかねません。

 同様に、距離の近い友人関係などをハックするのもあまりおすすめはできません。もちろん、関係を多少快適にするための工夫というのは必ずしも悪ではありませんが、友達付き合いが技術論の問題になってしまうのは、あまり素敵なことではありません。

 SNSで自分を偽るのも、おすすめできません。僕もSNSから名前が売れた物書きなのでそういう人をたくさん見てきましたが、あまり幸福な結末を見たことはありません。あなたはプライベートな領域において、あなたのままでいるべきです。そこは、守るべき一線です。

あなた自身が変わる必要はない

 人間には、「極めて非合理的かつ何の利益にもならないがどうしても譲れない行動」みたいなものがあります。それは信念とかポリシーとかそういう言葉で表されます。僕はそういうものが人間にとってとても大事なものだと考えています。

 もちろん、社会と折り合っていくためには信念を曲げなければいけないこともあるでしょう。悔しい思いをしながら適応的に振る舞わなければならないこともあるでしょう。

 しかし、それはあくまでもパブリックな場における技術にとどまるべきものです。あなたはプライベートな領域において、あなたであり続けるべきです。生きる力の源泉というのは「社会に上手に適応すること」ではありません。それは手段であって目的ではないのです。このサバイバルガイドは、あなたを鋳型(いがた)にはめて、社会に適応できる形に成型しなおすためにあるのではありません。

 この本に書いてあるのは、ただの「こうやったら便利だよ」程度の、意識の低いノウハウだけです。

 僕は長い間、発達障害を治したいと滝に打たれたり、哲学書を読んだり、怪しい漢方薬を飲んでみたり……。ありとあらゆる自己変革を試みてきました。残念ながらすべて失敗して、今ここにいます。

 本当にありふれた安い言葉ですが、それでもあなたはあなたのままでいいと僕は思います。

 あなたが変わるべきだと、僕は決して思いません。あなたのやり方やあなたの道具、あなたの環境を変えるべきなのです。人生がうまくいかないとどうしても発生してくる自罰的感情、「自分が悪いのだ、自分が根本的に変わらなければならないのだ」というあれは、あなたを救いません。

 あなたが幸せになってほしいと僕は心から思っています。そして僕も、幸せになりたいです。みんなで幸せになりましょう。そして人生を、生活を、やっていきましょう。

※この記事は『発達障害サバイバルガイド』からの抜粋です。